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この夜にふたり

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 成人で、かつそちらの世界にも足を踏み込み、ある程度の影響力を持って各所に恨みを買いまくった男が“帰る場所”を失うという事は、それ即ち“死”に直結すると言って良い。恐らく今も追手がかかっているに違いないのだ。こんな所で油を売っている時間はない筈だ。


 変わらない笑み、ポケットの中に仕舞われた手、動かない足――




 埃だらけの床に座り込んだまま、帝人は呆然と男を見上げる。




 自分がこの男にとって“この街で最後に会いたい人物”であるとは思わない。所詮駒に過ぎなかった身だ。それと知って、利用され、同時に利用しようとした。

 しかし、だったら、どうしてこの男はここに留まるのか。


「しっかし見事にひとりぼっちになったねぇ帝人君」
「……」





「君もう実家に帰るしかないんじゃない?だってもう池袋にはいられないでしょ。散々迷惑かけたものね。恥ずかしくって今更紀田君にも泣きつけないよね」

「ああでも、粟楠のおじさん達にも睨まれちゃったし、実家もちょっとアレかなぁ。まぁ言っても帝人君“素人”だし、アッチもそんなにヒマじゃないかな?」

「だけど、また『何かが起こる』度に疑われわするんだろうね。そうなったらご両親も困ってしまうだろうなぁ……だって見るからに怪しい人達に、ねぇ?帝人君の家ってド田舎だし。噂とか大変だもんね」




(馬鹿馬鹿しい……本当に馬鹿だこの人)

 不安を煽る為の言葉をひらひらと紡ぎ出し、ニヤニヤと馬鹿の一つ覚えみたいに見下ろしてくる顔を見て、思わず、泣けてきた。思いついてしまって泣けてきた。


(“ひとりぼっち”なのはあなたも一緒だ)

 愚にもつかない、一方的な、しかも無自覚のシンパシー。
 この夜に、この夜を舞台に、ただ二人だけ、“ともに舞台を降りる連れ立ちを持たない”二人。敗者であり敗者にしかなりえない二人。



 ここに来て、人との繋がりを求めるなんて。
 しかも、本人にはその自覚すらなくて佇むだけなんて。
 

「ね、帝人君」
「そうですね――そうかもしれませんね」



(ああ、だったら僕は――)


「だよね!大へ……」
「だったら、臨也さん」


 この夜、二人。互いに打ち捨てられた玩具のような風体で、無様に対峙している事に、どうせ意味などないけれど――








「一緒にいきませんか?」

















 唇をついた言葉は、果たして誰のためのものだったろう?
作品名:この夜にふたり 作家名:まくろぅ