謝肉祭 ~後日譚~
翌朝、菊とフランシスは連れだってフェリシアーノの家を訪ねた。
見に行くのは良いが、自分は仮装などしたくないと毎年渋るルートヴィッヒも、今年はフェリシアーノにねだられてついに断りきれず、一緒にパレードに参加することになったらしい。
フランシスによれば、今回は彼も前日からフェリシアーノの家に泊まりこんで準備をしているはずだというので、直接二人の姿を見に行こうという事になった。
「さぁて、フェリのヤツどうなってるかな~?男かなあ、女かなあ……菊はどっちだと思う?」
フランシスは完全に楽しんでいる様子だが、菊は二人が心配で気が気ではない。
「わ、私は──」
何と答えたものか、中々言葉が出ない。
「ルートヴィッヒさんは、フェリシアーノ君が女性になったからと言って、いきなりそのような振る舞いに及ぶ方とは──」
「固いなあ~菊は」
そう言ってフランシスは笑った。
「ああいうお堅い奴に限って、いざとなるとけっこう思い切った行動に出たりするもんだって!
まぁフェリの方はずいぶん前からしびれを切らしてたみたいだし、これをきっかけに進展すれば万事OKってトコなんだけどねぇ……さてさて」
そうこうするうちに二人はフェリシアーノの家に到着した。
玄関のベルを鳴らすと奥から足音が聞こえてきたので、ドアが開くのも待たずに声を掛けると、出てきたのはローデリヒだった。
「いよう、フェリ!支度はどうだ──って、……あん?ローデリヒ、何でお前がここに?」
「それは私の方がお聞きしたいですよ、フランシス。あなたこそ何をしに来たんですか?」
ローデリヒはまるで怪しい者でも見るようにフランシスを睨み付ける。
「俺はフェリに呼ばれて来たんだ、自分の晴れ姿を見て欲しいって頼まれて。何も疾しいことはないぜ。大体お前こそ何でフェリの家にいるんだ?」
「私はエリザベータの付添です。彼女がフェリシアーノの着付けとメイクをしてやると言うので、一緒に来たんです。
二人とも今は手が離せない状態だから私がこうして代わりに出たんですよ。何か文句でもあるんですか?」
「いやぁ、そういう訳じゃないけどさ~」
ローデリヒの目がふとフランシスの陰に隠れるように立っている菊に止まった。
「おや?本田さん、あなたもご一緒ですか?」
「……え、ええ、まあ。実はフランシスさんからフェリシアーノ君が仮装してパレードに出ると伺いまして、ぜひ応援したいと思いまして──」
その時、奥から力強い足音が聞こえてきた。
「そこで何をやってるんだ、ローデリヒ?」
姿を現したのはルートヴィッヒだ。
「えっ?……お、お前、ルイ?もしかしてその格好はルイ16世ってしゃれか?」
フランシスが素っ頓狂な声を上げる。
その服装、というか仮装は、まるでマリー・アントワネットが開いたヴェルサイユ宮殿の舞踏会から抜け出してきた貴族かと思うような豪華絢爛なものだ。
金糸の刺繍や金ボタンなどをふんだんにあしらった膝まで届く長さの前開きの豪華な白いジャケット。下には同じく立派な白のベスト。ブラウスも普段の彼からは想像も付かないような凝ったもので、襟元や袖口にフリルやレースがふんだんにあしらわれている。下は膝までの長さのぴったりしたシルエットのキュロットを履き、シルクのハイソックスといういでたちだ。時代のかった黒の靴を除いて、上から下まですべて見るからに高価な白のシルク地を基調に金モールや刺繍などを各所にあしらっており、質実剛健を信条とする普段の彼からは想像も付かない。
「何を訳の分からん事を言ってるんだ、フランシス?それにそういう呼び方をするんじゃない、俺はルートヴィッヒだ。
第一、この衣装は俺が選んだわけじゃない。エリザベータとフェリシアーノが勝手に選んだんだ。確かに仮装するのは承知したが、こんな派手なもの、俺は嫌だと──」
「今更何を言ってるんですか、男らしくないですよ」
ローデリヒから突っ込みが入る。
「そんなこと言ったってだな……」
ローデリヒの指摘にルートヴィッヒは頬を赤らめ、眉を顰めてわざと怒ったような顔をして見せる。
「いっそお前が着た方が似合うんじゃないのか?」
「まだそんなことを言ってるんですか、往生際の悪い」
それまで二人のやり取りを黙って聞いていたフランシスが、突然割り込んできた。
「なあルイ、お前もしかして結婚式か?」
「何を馬鹿な!第一、俺が誰と結婚するんだ?!」
「……フェリシアーノ君、ですか?」
菊が思わず真顔でそう言った瞬間、フランシスが堪えきれずに爆笑した。
「なぁ~るほど!お前もついに年貢の納め時って訳か」
「ば、ば、馬鹿っ!何を馬鹿な事を!」
「そう照れんなって~」
その時玄関ホールのにぎやかさに惹かれたらしく、フェリシアーノが飛び込んで来た。
「ねぇ、どうしたの~?何かあった?」
こちらもルートヴィッヒに負けず劣らずの見事な盛りっぷりが目を引く。
シルクとオーガンジーをたっぷり使った薄水色のドレスは、胸元から裾までふんだんにレースとフリルとリボンがあしらわれ、スカートもしっかりと大きく膨らませて、ドレスに似つかわしくない短髪を除けば、ヴェルサイユ宮殿の舞踏会から抜け出して来たと言ってもおかしくない。
「あっルート、もう支度できたの?わあ、すっご~い!良く似合ってる!やっぱりそれにして良かったあ~!」
「お、おい、フェリシアーノ!」
真っ赤な顔をして焦るルートヴィッヒをものともせず、フェリシアーノはいきなり飛びついてハグすると、遠慮なくキスの雨を降らせ、抱きしめたまま、踊る様にくるくる回り始めた。
「大好きだよ、俺のルート!」
「ちょっと、ま、待てって──」
三人があっけにとられてその光景を見つめていると、フェリシアーノを追いかけてエリザベータが出てきた。
「フェリちゃん何してるの?まだメイク終わってないのよ!──どうしたの?!」
エリザベータもその場に繰り広げられている光景に息を呑み、目を丸くして言葉を失ってしまった。だが最初に立ち直ったのも彼女だった。
「まあ!そうだったの──良かったわね、フェリちゃん」
「よ、良かった?何がだ?」
ようやく落ち着いたフェリシアーノを引き離し、ルートヴィッヒは目を丸くしながら問いかけた。
「だって──やだあ、そんなこと私に言わせたいの?ルートったらあ!」
可愛らしいポーズでそう言いながら、ものすごい力でばしばし背中を叩いてくるのに閉口していると、ローデリヒまでが
「そうですよ、ルート。もう少しお謹みなさい」
などと言い出す始末。
「だから何の話なんだ──」
ますます困惑を深めるルートヴィッヒをよそに、今度はフランシスがフェリシアーノに話しかけた。
「なあ、フェリ。お前…ほんとに女の子になったのか?」
「な、何を・・・・・・?!」
焦るルートヴィッヒを置いてきぼりにして、フェリシアーノがにこやかに答える。
「何言ってるんだよ~フランシス兄ちゃん。そんな訳ないじゃん!俺は男だよ」
「ああ、やっぱりそうか」
見に行くのは良いが、自分は仮装などしたくないと毎年渋るルートヴィッヒも、今年はフェリシアーノにねだられてついに断りきれず、一緒にパレードに参加することになったらしい。
フランシスによれば、今回は彼も前日からフェリシアーノの家に泊まりこんで準備をしているはずだというので、直接二人の姿を見に行こうという事になった。
「さぁて、フェリのヤツどうなってるかな~?男かなあ、女かなあ……菊はどっちだと思う?」
フランシスは完全に楽しんでいる様子だが、菊は二人が心配で気が気ではない。
「わ、私は──」
何と答えたものか、中々言葉が出ない。
「ルートヴィッヒさんは、フェリシアーノ君が女性になったからと言って、いきなりそのような振る舞いに及ぶ方とは──」
「固いなあ~菊は」
そう言ってフランシスは笑った。
「ああいうお堅い奴に限って、いざとなるとけっこう思い切った行動に出たりするもんだって!
まぁフェリの方はずいぶん前からしびれを切らしてたみたいだし、これをきっかけに進展すれば万事OKってトコなんだけどねぇ……さてさて」
そうこうするうちに二人はフェリシアーノの家に到着した。
玄関のベルを鳴らすと奥から足音が聞こえてきたので、ドアが開くのも待たずに声を掛けると、出てきたのはローデリヒだった。
「いよう、フェリ!支度はどうだ──って、……あん?ローデリヒ、何でお前がここに?」
「それは私の方がお聞きしたいですよ、フランシス。あなたこそ何をしに来たんですか?」
ローデリヒはまるで怪しい者でも見るようにフランシスを睨み付ける。
「俺はフェリに呼ばれて来たんだ、自分の晴れ姿を見て欲しいって頼まれて。何も疾しいことはないぜ。大体お前こそ何でフェリの家にいるんだ?」
「私はエリザベータの付添です。彼女がフェリシアーノの着付けとメイクをしてやると言うので、一緒に来たんです。
二人とも今は手が離せない状態だから私がこうして代わりに出たんですよ。何か文句でもあるんですか?」
「いやぁ、そういう訳じゃないけどさ~」
ローデリヒの目がふとフランシスの陰に隠れるように立っている菊に止まった。
「おや?本田さん、あなたもご一緒ですか?」
「……え、ええ、まあ。実はフランシスさんからフェリシアーノ君が仮装してパレードに出ると伺いまして、ぜひ応援したいと思いまして──」
その時、奥から力強い足音が聞こえてきた。
「そこで何をやってるんだ、ローデリヒ?」
姿を現したのはルートヴィッヒだ。
「えっ?……お、お前、ルイ?もしかしてその格好はルイ16世ってしゃれか?」
フランシスが素っ頓狂な声を上げる。
その服装、というか仮装は、まるでマリー・アントワネットが開いたヴェルサイユ宮殿の舞踏会から抜け出してきた貴族かと思うような豪華絢爛なものだ。
金糸の刺繍や金ボタンなどをふんだんにあしらった膝まで届く長さの前開きの豪華な白いジャケット。下には同じく立派な白のベスト。ブラウスも普段の彼からは想像も付かないような凝ったもので、襟元や袖口にフリルやレースがふんだんにあしらわれている。下は膝までの長さのぴったりしたシルエットのキュロットを履き、シルクのハイソックスといういでたちだ。時代のかった黒の靴を除いて、上から下まですべて見るからに高価な白のシルク地を基調に金モールや刺繍などを各所にあしらっており、質実剛健を信条とする普段の彼からは想像も付かない。
「何を訳の分からん事を言ってるんだ、フランシス?それにそういう呼び方をするんじゃない、俺はルートヴィッヒだ。
第一、この衣装は俺が選んだわけじゃない。エリザベータとフェリシアーノが勝手に選んだんだ。確かに仮装するのは承知したが、こんな派手なもの、俺は嫌だと──」
「今更何を言ってるんですか、男らしくないですよ」
ローデリヒから突っ込みが入る。
「そんなこと言ったってだな……」
ローデリヒの指摘にルートヴィッヒは頬を赤らめ、眉を顰めてわざと怒ったような顔をして見せる。
「いっそお前が着た方が似合うんじゃないのか?」
「まだそんなことを言ってるんですか、往生際の悪い」
それまで二人のやり取りを黙って聞いていたフランシスが、突然割り込んできた。
「なあルイ、お前もしかして結婚式か?」
「何を馬鹿な!第一、俺が誰と結婚するんだ?!」
「……フェリシアーノ君、ですか?」
菊が思わず真顔でそう言った瞬間、フランシスが堪えきれずに爆笑した。
「なぁ~るほど!お前もついに年貢の納め時って訳か」
「ば、ば、馬鹿っ!何を馬鹿な事を!」
「そう照れんなって~」
その時玄関ホールのにぎやかさに惹かれたらしく、フェリシアーノが飛び込んで来た。
「ねぇ、どうしたの~?何かあった?」
こちらもルートヴィッヒに負けず劣らずの見事な盛りっぷりが目を引く。
シルクとオーガンジーをたっぷり使った薄水色のドレスは、胸元から裾までふんだんにレースとフリルとリボンがあしらわれ、スカートもしっかりと大きく膨らませて、ドレスに似つかわしくない短髪を除けば、ヴェルサイユ宮殿の舞踏会から抜け出して来たと言ってもおかしくない。
「あっルート、もう支度できたの?わあ、すっご~い!良く似合ってる!やっぱりそれにして良かったあ~!」
「お、おい、フェリシアーノ!」
真っ赤な顔をして焦るルートヴィッヒをものともせず、フェリシアーノはいきなり飛びついてハグすると、遠慮なくキスの雨を降らせ、抱きしめたまま、踊る様にくるくる回り始めた。
「大好きだよ、俺のルート!」
「ちょっと、ま、待てって──」
三人があっけにとられてその光景を見つめていると、フェリシアーノを追いかけてエリザベータが出てきた。
「フェリちゃん何してるの?まだメイク終わってないのよ!──どうしたの?!」
エリザベータもその場に繰り広げられている光景に息を呑み、目を丸くして言葉を失ってしまった。だが最初に立ち直ったのも彼女だった。
「まあ!そうだったの──良かったわね、フェリちゃん」
「よ、良かった?何がだ?」
ようやく落ち着いたフェリシアーノを引き離し、ルートヴィッヒは目を丸くしながら問いかけた。
「だって──やだあ、そんなこと私に言わせたいの?ルートったらあ!」
可愛らしいポーズでそう言いながら、ものすごい力でばしばし背中を叩いてくるのに閉口していると、ローデリヒまでが
「そうですよ、ルート。もう少しお謹みなさい」
などと言い出す始末。
「だから何の話なんだ──」
ますます困惑を深めるルートヴィッヒをよそに、今度はフランシスがフェリシアーノに話しかけた。
「なあ、フェリ。お前…ほんとに女の子になったのか?」
「な、何を・・・・・・?!」
焦るルートヴィッヒを置いてきぼりにして、フェリシアーノがにこやかに答える。
「何言ってるんだよ~フランシス兄ちゃん。そんな訳ないじゃん!俺は男だよ」
「ああ、やっぱりそうか」