謝肉祭 ~後日譚~
確かめるように胸に手を伸ばすと、フェリシアーノはまた笑った。
「それはパットだよ、兄ちゃん。エリザベータさんが入れてくれたんだ、ドレスがかわいく着られるからって。
でもねぇ、それだけじゃないんだよ。実は昨日の夜ね、俺ついにルートと、えっ──」
目を輝かせて身を乗り出したフェリシアーノの口を、ルートヴィッヒの手があわてて塞いだ。
「ば、馬鹿!黙れっ!」
「ん、んむぅ~~~!!」
フェリシアーノは目を白黒させてじたばたしたが、ルートヴィッヒも簡単には離そうとしない。
「余計な事は言うんじゃない!」
他の者には聞こえないように耳元で鋭くそう囁くと、フェリシアーノが必死で首を上下に振るのを見て、ようやく解放してやった。
「え~っ?何、どうしたの、ルイ?そんなに慌てちゃって──」
ルートヴィッヒのひと睨みで、フランシスの顔に浮かんだニヤニヤ笑いは消えた。
「……その呼び方はするなとさっき言った筈だ」
「ひゃあ~コワッ!」
一方、菊はいささか真剣な顔つきをしている。
「フェリシアーノ君、本当に今の君は男性なんですね」
「うん、もちろんだよ!……でも何で菊までそんなこと聞くの?」
いぶかしげな顔をするフェリシアーノと、苦虫を噛み潰したような顔をしたルートヴィッヒの方へちらりと目をやってから、菊は答えた。
「いや、何でもないんです。ただその格好だと本当に女性にしか見えないものですから」
「えへへ、ほんと?嬉しいなっ」
フェリシアーノは満更でもなさそうにそう言うと、長いドレスに手を掛け、
「でもね、ほんとに男だよ。何だったら、見てみる?」
「ちょ、ちょっと待て!やめろ、フェリシアーノ!何をするつもりだ」
今まさにスカートを持ち上げようとする手をルートヴィッヒは慌てて押さえた。
「え~何でぇ?いいじゃん、別に~」
驚いたフェリシアーノがそう言うと、
「何でじゃない!俺が駄目だと言ったら、駄目だ」
眉間に皺を寄せて難しい顔をしているが、頬は真っ赤になっているルートヴィッヒを見て、フランシスと菊は、昨日二人の間に起こったことについて確信を得たのだった。
さてその頃、そんな騒ぎが起こっているとも知らず、アーサーとアルフレッドの二人も連れだってフェリシアーノの家に向かっていた。もちろんフェリシアーノを心配して来たわけではない。単なる好奇心からだ。
「お前も悪趣味だな、全く。何でわざわざこんなとこまで……」
アーサーは吐き捨てるように言ったが、それであっさり引き下がるアルフレッドではない。
「な~に言ってるんだい、アーサー!君だって賭けの結果が知りたいって言ったじゃないか」
苦りきったアーサーに対して、アルフレッドは好奇心満々な様子を隠そうともしない。
「元々二人共、フェリシアーノが『男』に賭けてるんじゃ、賭けにも何もなってやしないだろう」
「菊はそんなことはないって言ったんだぞ!俺たちが勝ったら菊に払ってもらえばいいんだぞ」
「勝手に決めるな──おっ、見えて来たぞ」
アーサーは玄関が開けっ放しなのを見ると、遠慮なく入って行き、声を掛けようとしたが、中を見るとその場で固まってしまった。
「おい!フェリシアー……ノ──」
「何やってるんだよ、アーサー!そんなところで立ち止まらないでくれよ」
動かなくなったアーサーの頭越しに中を覗き込んだアルフレッドも同じく固まった。
玄関ホールの真ん中に見えるのは、フリルとリボン満載の水色のドレスをまとったフェリシアーノ。そして彼をしっかりと抱きしめている舞踏会姿のルイ16世のようなルートヴィッヒ。
「はぁ……?」
更に二人の周囲を取り囲むようにして、エリザベータにローデリヒ、フランシスまでが居並んでいる。
「おいフランシス、何でお前がここに──?」
「はあ?俺はフェリちゃんに呼ばれてここに来たんだぜ。お前こそ何でここにいるんだ?」
ようやく我に返ったアーサーがフランシスに最初にした質問がこれだった。デジャビュのような光景がまたも繰り返される。
「な~んだ君たち!もう結婚式かい?ずいぶん気が早いなあー!」
素っ頓狂な声を上げたのはアルフレッドだ。まっすぐにフェリシアーノのところへ向かうと、いきなりこう問いかける。
「じゃあ、やっぱり君、女の子なのかい?」
フェリシアーノは驚いて目をぱちくりした。ルートヴィッヒの顔色が変わる。
「アルフレッドまで?……ねぇ、もしかしてみんなあのことを知ってるの?」
「ちょっと待て!お前らまで何を言ってる?……だいたい何でお前たちまでここに来るんだ?!」
ルートヴィッヒは慌ててフェリシアーノを制すると、二人の間に割って入った。真っ赤な顔をして怒ったつもりだったが、口から出たのは困惑した様な声だった。
その時アーサーがフランシスの陰に立っている菊に気が付き、ひどく驚いたような声を上げた。
「菊!用事って言うのはまさかフランシスと……?」
突然水を向けられた菊は、いつもの彼らしくもない慌てた様子を見せた。
「ア、アーサーさん誤解しないでください!フランシスさんとは昨夜、たまたまお会いしただけなんです」
今度はフランシスの表情が変わった。
「え~っ?!菊ぅ、それはないだろう!?二人はもう浅い仲でもないっていうのに……!」
全員の視線が一瞬にして菊に集中する。
「ちょっとフランシスさん!誤解を招くような事は言わないでください」
驚いてこう尋いたのはルートヴィッヒだ。
「本当なのか、本田?」
まだフェリシアーノをしっかり抱きしめたまま、ぐっと身を乗り出す。
「知らなかった!お前ら、いつからそんな──」
菊は汗をかきながら、大慌てで言い訳を始めた。
「だから誤解ですよ!私はそんなつもりでは──」
「そんなつもりではって、じゃあ昨日はどんなつもりで──」
フランシスは懇願するようなオーバーな仕草で菊に迫ってくる。
「ちょっと待ってください、フランシスさん。私は──」
二人の間になにやら怪しい空気が立ちこめてきたその時、割って入ったのは幸せいっぱいの笑顔を浮かべたフェリシアーノだった。
「いいじゃん菊ぅ~、そんな恥ずかしがらなくってさ!俺も応援するよ~」
「だからフェリシアーノ君、そうではなくてですね・・・」
「何だ、それなら早くそう言ってくれればいいんだぞ、菊。心配して損したんだぞ!」
アルフレッドは空気を読まずにさくっとそう発言した。
「せっかくヴェネツィアまで来て待ち合わせたのに、一人で行っちゃったから心配したんだぞ!」
「……ああ!そうでしたか」
菊はひどく驚いた様な顔をした。あの時の二人の様子では、自分のことなどもう気にかけてはいないとばかり思っていたのだ。
「お気遣いありがとうございます。…あ!いやしかし、それとこれとはまた別ですから。私はあくまでも──」
「そんなに気を遣うことはないぞ、菊」
格好を付けながら、悟った様な顔でそう言ったのはアーサーだ。
「俺はお前が幸せなら、何も言うことはないぜ」