シャルルの価値
「アンディ、何を読んでいるんだ?」
シャルルに尋ねられ、アンディは顔を上げると、『ん』と本の表紙がシャルルに見えるように持ち上げた。そこに書かれた文字をシャルルが声に出して読む。
「『道に迷わないための方法10……これであなたも方向オンチとおさらば……』……」
シャルルはたっぷり20秒は沈黙した。
「……アンディ、おまえ……」
こんなヒマつぶし程度の本みたいなものが本気で役に立つと思っているのか。それでなんとかなる程度の方向オンチだと自分では思っているのか。
……とかなんとか、いろいろと思うことはあったが、このアンディ担当の連絡・監視兼ナビゲーター役のカラス型ロボット『シャルル』は、実にロボットらしくない常識を持ったロボットだったので、しっかりと口をつぐんだ。
なんにせよ、努力は素晴らしい。それは認めるべきだ。うまくいけば自分も、余分なナビゲーターの任務をとかれるかもしれないし。いや実際、大変なんだから、アンディの案内は。案内というより、もはやお守りに近いし。
そんな辛辣なことを思われていることも知らずに、アンディは黙ってまた本に目を落とし、熱心に読む。
さて。
「今日、ボクは自信がある」
「そうか」
アンディの言葉に、あまり期待はせず、それゆえに力もこめずに、シャルルは素っ気なく返した。『あっそ』とまではさすがに言わないが、『それはそれは頼もしい!』とも言えない。
「あまり信用してないみたいだね」
じろりと肩の上のシャルルに目をやって、アンディは少し憮然として言う。
「シャルル、もう必要なくなるかもよ」
「そう願いたいものだが」
おっと口がすべった。シャルルは鋭くなったアンディの目に、顔を背けて逃れる。たらりと汗が流れる。だが、アンディはそれ以上シャルルには構わず、辺りをキョロキョロと見回してつぶやく。
「……えーと、動かないものを目印に……あそこに看板があって、あそこに変わった形の窓が……この階段をのぼって……」
「……」
意地でツーンとして何も口を挟まない。シャルルはアンディの成長を見守ることにした。決して、むくれているわけではない。これで標的のところまで行けて戻ってこられたら、何よりだ。お役ご免だってかまわない。アンディが言うほどヒマじゃないのだ、自分だって。
「ん? おい、アンディ、あれ……」
首を元に戻して正面を見たとき、こちらに向かってくる車に気付いた。そして、その中の人物が誰かにも。
「あー……あれ、標的の」
アンディがぼんやりと返す。
「マズイぞ、止めろ」
シャルルは切羽詰まって言った。
そして羽ばたく。これから起こることのために。巻きぞえをくらわないように、安全な場所に行くために。
フードを被り、ガシャンとカバンからギロチンを取り出すアンディを置いて。
こういう面でアンディに対して不安はない。なんにもない。