おにごっこ
じゃーんけーん ぽん。
じゃあ ねっとが『おに』だな
みんなにげろー
きゃはは
おーにさーんこーちらー
てーのなーるほうへー
手を叩いて公園の広場を逃げるメイルを追いかけようと走り出したところで熱斗はふと、彼女から視線をそらしたまま足を止めた。それから視線を向けた先の、遊具代わりの土管の中に目を凝らした。
長い土管は入り口近くこそ日が当たってその薄汚れた灰色を見せているとはいえ、すぐに黒い闇となる。
熱斗はその小さな手をひんやりと冷たい土管の中に添えて、片足を掛けた。
「どうしたんだ?」
追いかけてこない熱斗に、土管の入り口で彩斗が呼んだ。
熱斗はそのまま膝を擦って土管の中を進む。
「ねっとー?」
メイルが呼んだ。
おそらく彩斗と同じように土管の中を覗き込んでいるのだろう。
けれども熱斗はしばらくの間、少しずつ進んだあとに、土管の中央辺りでようやく止まった。
「…なあ」
熱斗の声が狭い空間で反響する。
「なんでこんなとこにいるんだ?」
熱斗が問いかけた先、狭い中で小さく膝を抱えた少年はゆっくりと伏せていた顔を上げた。
うす暗くて分からないが、彼がこの辺の子ではないことは分かる。
見たことない顔だ。
「なあ」
熱斗が声をかけると、彼はじっと熱斗を見ていた目でにらんだ。
「…おまえには、かんけいない」
「『かんけい』ってなに」
「…」
にらんでいた目が呆れたようになったのは、熱斗にも分かった。
「なんだよ」
べつに、と冷ややかな目を返した彼は、抱えていた膝をさらに自分のほうに引き寄せて顔を伏せた。
「どうしたんだ、ねっと?」
熱斗の後ろに来た彩斗がわずかな隙間から覗くように炎山を見た。
少年はちらりと彩斗を顔を動かさずに見た。が、その並んだ顔が似ていることに気付いて、今度はまじまじと2人を見た。
「さーいーとー!おもいよ!」
「あ、ごめん」
けれども彩斗はあまり動く気配を見せず、熱斗は重力に任せて潰れた。支えを失った彩斗がその上に乗っている。
その頃には二人を見ていた彼の目が、呆れたような色に変わっていた。
「さいと―・・・あれ?」
下敷きになっていた熱斗が起き上がろうと出した手に、何かが触れる。
「・・・なんだこれ」
「なにそれ」
熱斗と彩斗の声が重なった。ひざを抱えたままの彼が、それまで向けていた熱斗から大げさに顔を背けた。
「「あ」」
二人が顔を見合わせる。かと思うと満面の笑みで彼の方に詰め寄るように進み出た。
「なあなあ、これって今テレビでやってるやつだよな?!」
「ナビっていうのがでるんだよね!」
狭い中を縺れるように二人が言った。
「あ、おい!」
彼は二人を見ようとはしないまま熱斗たちと反対側から出てしまうと、走り去っていった。
「・・・どうしよう、これ」
二人は顔を見合わせる。
熱斗の手には赤いPETが握られていた。
「パパ、びっくりしてたね」
翌日、二人は公園に向かって歩いていた。幼稚園のバスを降りるが早いか、カバンと帽子を母親に投げるように渡すと揃って我先にと走り出した。母親が呆れたような顔をして二人の背を見送る。
彩斗の手にはカバンに隠してあった昨日のPETが握られていた。
昨夜、夕食の時に父親に見せると驚いた顔をされた。それから慌てたようにどこで手に入れたのかと聞いてきた。
「ああびっくりした。試作品を持って帰ってきちゃったのかと思ったよ」
「しさくひん?」
父親は熱斗の手からそっとそのPETをとった。
「これは普通に売られてない型なんだよ」
「なんで?」
夕飯を食べ終わった彼らは父親の膝にしがみつくようにして彼を見上げた。
「これはね、ある子のために特別に作られたんだ」
普通の色は青なんだよ、と彼は言った。
「あいつのなまえ、『えんざん』なのかな」
「だって、これもってたよ」
「きょうもいるかな」
「いるといいな」
けれども公園には二人が期待したように彼の姿はなかった。そのうちメイルやデカオがやってきていつものように遊び始めた時だった。
「ねっと、あれ!」
彩斗の指した先、公園の前の通りに炎山の姿があった。見つけるや否や二人は走り出す。
「おーい!」
気づいているのか、炎山は振り向こうとしない。
「えんざん!」
熱斗に呼ばれて、炎山は慌てて振り向いた。驚いた顔をしている。
「やっぱり、えんざんなんだ」
追いついたところで、彩斗は持っていたPETを炎山の前に差し出した。けれども炎山は受け取ろうとしなかった。
「おまえのだろ」
炎山は顔を逸らして、しかし目だけPETのほうに向けた。
だが、熱斗と彩斗の目が輝いて自分を見ていることに気付いたのか、炎山は迷惑そうな顔をしてしぶしぶそれを受け取った。二人が、炎山がスイッチを入れるのを期待しているのは明らかだった。
炎山はしばらく手の上のPETを見つめて、それからグリップを握るとスイッチを入れた。中央の画面が光る。起動画面に炎山が音声でパスワードを入れると、緑色の画面に散らばった欠片が人の形になり始めた。
PETの色と同じ、鮮やかな赤。
二人は揃って感嘆の声を繰り返した。
「なあ?こいつ、なんてなまえ?」
「ぶ、ぶるーす・・・」
「はい、炎山様」
呼び慣れていないせいか、少しだけ炎山の声が震えていた。
二人は画面に顔を近づけた。状況を良く分かっていないブルースが、少しだけ首を傾げたように見えた。
「いいなー」
「おれもほしいー」
炎山がうつむいた。
「こんなもの・・・いらない」
驚いた顔で二人は炎山を見た。今にも泣きそうな顔をしている。
「こんなの・・・いらない」
画面の中でブルースは何も言わなかった。対応する言葉を探しているのだろうか。
そして熱斗にも彩斗にも、何を言うべきなのか分からなかった。
炎山は声を絞り出した。
「きっと、ちちうえは、ぼくのことがきらいなんだ。ぼくも、ははうえも」
「「ちがうよ!!」」
炎山が言い切らぬうちに二人は声を揃えた。
「ぜったいちがうよ!」
「そうだよ。こんなのくれるひとがえんざんのこときらいなんてうそだ」
炎山は疑うようなしかめっ面をした。何を根拠に、と。
「えんざんのパパはえんざんがさみしくないようにくれたんだよ!」
「えんざんのママがいなくなってもだいじょうぶなようにって」
な、と双子は笑顔を向け合った。
「パパがいってたもん」
「えんざんのパパが、えんざんのためにつくったんだって」
「とくべつ、なんだって」
「だから」
「えんざんのパパはえんざんのことだいすきだよ」
二人が言っている間に炎山の表情はころころと変わり、それから始めの泣きそうな顔に戻ったかと思うと、少しだけ笑った。
「・・・そうかな」
手元のブルースを見る。表情の見えぬ彼は口を真一文字に結んでいるだけで、何も読み取れなかった。
炎山の小さな手は少しだけ強くPETを握りなおした。