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勝負しようぜ

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「おぉーい、シュラ!」
「げ…、獅郎…!」
 正十字学園町の片隅。昼寝に丁度良さそうな立派な枝を幾つも広げた、見事な大樹の中に居たシュラは、サボタージュが露見したことを覚悟する。バツの悪い思いを知ってか知らずか、藤本獅郎がちょいちょい、と指で手招きした。
 いや。アイツがニヤニヤしてるってことは、全部お見通しってことだ…。
 シュラはガリガリと頭を掻いて、一つ溜息を吐くと枝から飛び降りた。二階の屋根よりも高い所から、音一つさせずに軽々と飛び降りた彼女の姿を、獅郎の傍にいた少年が目をキラキラさせながら見つめる。
「こいつ、雪男。オレが後見人してる子供だ。この間候補生《エクスワイア》になったばかりでな。よろしくな」
 獅郎が少年の頭を撫でながら紹介する。メガネをかけた少年は、小学校高学年か。ガチガチに緊張しているのが見て取れた。
 その一方で、シュラの刺激的な格好から目が離せないのも。上半身は大きな胸を隠すビキニ。下はジーンズを切ったホットパンツ。膝上までの網タイツにブーツの出で立ち。しかも胸元からへそにかけて呪文のような赤いタトゥが入っている。お子さまの教育上、あまりよろしくない格好だろう。
 シュラは途端にいたずら心を起こしてニヤリと笑う。
「おい、雪男?」
 少年は、はっと我に返る。
「どうした、アタシの胸に見とれちまったか?」
「お。雪男、お前おっぱい星人だったか?」
 シュラがからかえば、獅郎もニヤニヤと笑う。
 正十字騎士團の聖騎士《パラディン》でもある傍ら、南正十字修道院の院長と正十字教会の司祭を務める藤本獅郎神父は、いわゆる聖職者だが、行動や言動は聖職者のそれからは大きく逸脱している。少年は見る見る内に真っ赤になった。
「ちょ…、違うよ!父さんやめてよ!」
 後見人に文句を言った少年は、一つ咳をすると、
「奥村雪男です!よろしくお願いしますっ!」
 元気よく、と言うか叫ぶように名乗ると、もの凄い勢いで腰を直角に折った。
「へぇー。アンタに似ず、礼儀正しいガキじゃねーの」
 シュラは、にやにやと笑う。
「ばぁーか、オレの教育が良いからに決まってんだろ?」
 獅郎もニヤリと笑う。
「よぉ、オマエもう実戦出たのかよ」
 シュラが雪男の首を抱く。胸が少年の頬にぺたりとくっついた。きっと少年は顔を真っ赤に染めるだろう。勿論それをからかうのが目的だ。だが、シュラの予想は裏切られた。少年はメガネを押し上げて少し位置を直すと、シュラと自分の身体の間に腕を入れて、前腕で胸を押しやる。
「ハイ、父さんについて一回ですが。と言うか胸が当たって苦しいです、放してください」
 その冷静な口調が、甚だ憎たらしい。
 くそ生意気なガキだぜ。
「で、オマエ称号《マイスター》はナニ目指してんだ?」
 シュラの腕から抜け出た少年の首を後ろから脇に抱え込む。
「わっ!ちょっと!シュラさんっ!」
 焦った少年が、シュラの背中と抱え込んでいる上腕をぽかぽかと叩く。にゃははは、とシュラが笑う。
「おいおい、いたいけな少年だぞ?ちったぁ手加減してやれ」
 獅郎が呆れたように苦笑いする。途端に、獅郎の常服《カソック》のポケットで携帯が鳴りだす。うわっ、と獅郎が慌てて通話を開始すると、電話の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。
「はっはっは。スイマセンねぇ」
 獅郎は謝罪の言葉を述べながら、シュラににやりと笑って見せる。つまり、全然悪いと思っていない、と言うことだ。
 はい、はい。あ~今から向かいますよ。ハイハイ。といかにも不真面目な受け答えをした獅郎は、通話を切ると、だぁっ!と叫ぶ。
「ったく、あの古狸《ジジィ》どもよ~。イチイチ報告しろとか細けぇんだよ。ええい、めんどくせぇ!」
 苛立たしげに空を殴るマネをする。シュラが見ているのを思い出したのか、気が済んだのか。獅郎はにや、と普段どおりの不真面目な顔に戻る。
「と言うワケなんでな、ちっとそいつ預かっててくれ」
「はぁ?なんでアタシが!ざっけんな、獅郎!」
「これからヴァチカン本部に呼び出されてんだよ~。頼む!なっ?」
「ガキの面倒なんざゴメンだっつの」
「この通り!」
 ふた周りも離れた弟子のシュラに、獅郎が両手を合わせて拝む。
「ジジィがイヤがるアタシにムリヤリ~」
「うわ、バカ!デカイ声で変なこと言うなよ!誤解されるだろ!」
 獅郎が慌てて手でシュラの口を塞ぐ。正十字学園の構内を歩く生徒、教師、そして祓魔師《エクソシスト》が獅郎たちを胡散臭げに見ながら通り過ぎていく。
「判った!ヴァチカンの地ビール買ってきてやっから。な?」
「ワインもな」
 遠慮なしにねだるシュラに苦笑しながら、獅郎が日本支部の建物の中に入っていく。鍵を出すのが見えたから、一番近い扉から直接ヴァチカン本部に出るつもりなのだろう。
 べちべちと、シュラの背中と腕を叩く雪男の力が段々と強くなる。
「~~~~~~!」
「おい、そんなとこでしゃべんじゃねぇよ。くすぐったいだろ~?ん?」
 シュラがほんの少し腕の力を緩める。
「だったら、離してください!」
 ぶはぁっ!と息を吐きながら、雪男が怒鳴る。
「ふん。このおねえサマがお前とちょっくら遊んでやっから、感謝しろよ?」
「結構です」
 シュラの顔を見上げて、雪男がきっとした眼差しで断った。
「にゃっはっはっは。良いから黙ってついてきな」
 再び頭を脇の下にがっちり抱え込んで、抜け出そうと暴れる雪男を引きずりながらシュラは歩き出した。

「へぇ~。ま、良いんじゃね?」
 トレーニングルームに置いてある、小鬼《ゴブリン》、魍魎《コールタール》、虫豸《チューチ》など、複数で襲ってくる下級悪魔を想定した訓練マシンが、がちゃり、と重々しい音を立てて止まる。雪男は控えめにだが、どうだ、と言う顔をする。
 目指している称号《マイスター》を尋ねたところ、雪男が幾分誇らしげに「竜騎士《ドラグーン》と医工騎士《ドクター》」と答えたのが始まりだ。むらむらとからかってやりたくなって、シュラはこの訓練マシンをやってみろ、とそそのかしたのだ。上級と少し意地悪をしたが、少年は難なく切り抜けた。
「シュラさんは称号《マイスター》は何を持ってるんですか?」
「あ~?アタシィ?な~んも」
「え?何も持ってない?」
 予想外の答えに、雪男がぱちくりと目を瞬く。
「シュラさん、祓魔師《エクソシスト》なんじゃ…」
「いんや~。アタシは獅郎の弟子だけど、祓魔師《エクソシスト》目指してねーもん。めんどくせぇ」
「そんな!じゃぁ、何で祓魔塾に居るんです?」
「祓魔師《エクソシスト》目指してなきゃ、ここに居ちゃいけねぇのかよ?」
 にやにやしながら返ってきたシュラの答えに、雪男は再び言葉を失う。
 祓魔塾だというからには、祓魔師《エクソシスト》を目指すための場所であるはずだ。今雪男が所属しているクラスも、祓魔師《エクソシスト》を目指す生徒しか居ない。だから祓魔塾に居ながら、祓魔師《エクソシスト》になる気はない、と言う人と会うのは初めてだった。良いのか悪いのかと言われると、違和感を感じるが悪いとも言い切れない。
「くっくっく。額面どおりにばっかり受け取ってると、早く老けるぜ?お?白髪?」
作品名:勝負しようぜ 作家名:せんり