勝負しようぜ
「やめてください!」
シュラが雪男の髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回すのを、嫌がって逃げようとする。
「おい、アタシと勝負しようぜ。コイツで」
シュラが訓練マシンを指差す。
「負けた方がメシおごりな?おチビちゃん♪」
完全に馬鹿にした口調だ。思ったとおり、雪男は挑むようにシュラを睨みつけてきた。
「きひひひ。ムキになりやがって。中級くらいにしてやろうか?」
「上級で結構ですよ」
メガネを押し上げながら、雪男は銃の弾倉《マガジン》を確認する。ついこの間支給して貰ったとは思えない、慣れた手つきだ。それなりに練習してきたのだろう。射撃訓練で使用するのは模擬弾だ。実際に祓魔の現場で使う弾に比べたら随分安いが、それでも自分で使う分は自腹で弾を買い揃えなければならないので、大量に消費するのは小学生には相当な痛手のはずだ。だが、雪男はそんな態度を微塵も見せずにシュラの勝負を買った。射撃には相当自信があるのだろう。
「可愛くねぇの♪」
俄然やる気になったシュラが隣のブースに入って木刀を手に取る。
「シュラさんは刀がお得意なんですか」
「くひひっ。勝負の相手に自分の手の内晒すかよ♪」
雪男がムッとした顔をする。
じゃ、はじめるぞ、とシュラが上級モードのスイッチを入れる。雪男もスイッチを入れた。
『上級モード、開始十秒前』
アナウンスが流れて、カウントダウンが始まる。
同時に、いち、と数字を告げた次の瞬間、対面の壁にあいた穴から次々と白い弾が打ち出された。軟式野球で使うボールに似ているそれが、三つ、四つと一度に打ち出されて、雪男とシュラに向かってくる。それを二人とも焦ることなく木刀と銃で弾き落とした。雪男は真剣な顔をしているが、シュラは鼻歌交じりだ。次々とはじき出されてくる標的が徐々に増えてくる。
「お…、おい…。見ろよ」
「うわ、シュラじゃん。アイツスゲーなぁ…。あれで何で認定試験受からねーんだ?」
「一緒にやってるチビも、対等にやりあってるぞ」
トレーニングルームに居た祓魔師《エクソシスト》、候補生《エクスワイア》たちが金網越しに集まってくる。
「おめーら、うるせぇぞ!」
ひそひそと交わされる会話が気になるのだろう。シュラが一言怒鳴ると、飛んできた弾を金網の方へ弾いた。がしゃん、と音がして集まっていた人々が驚きの声を上げて散っていく。
「オラ、おめーもスゲーとか言われて、天狗になってんなよっ」
シュラが弾をぱかん、と弾いて、雪男に当てる。
「いたっ!天狗になんてなってませんっ!」
弾をぶつけられても、雪男は踏ん張って自分に向かってくる弾を打ち落としている。
「って言うか、こっちにぶつけてくるのはルール違反でしょっ!」
「ばぁーか、悪魔と闘うのにルールなんかありましぇん♪」
雪男が苛立った顔をする。
「あっはっは♪くやしけりゃやり返してみな」
「僕は…、そんな手を使わなくてもあなたに勝ってみせる!」
雪男が吐き捨てるように強い口調で言う。
ほんっと、マジメな…。シュラはにやりと笑う。
「そーかよ、それじゃぁこいつはどうかな♪」
片手でボールを弾きながら、シュラが指笛を吹く。ピュイッ!と鋭い音がしたかと思うと、雪男の前に大きな蛇が姿を現した。小山のようなとぐろを巻き、大人二人が手を回してやっと手が届くほどの胴体を持った蛇が、雪男の背丈ほどもある鎌首を擡げて、頭上から迫ってくる。
「き……っ!」
目の前に現れた巨大な蛇に、雪男は言葉を失ったかと思うと、そのままパタリと後ろに倒れた。
当然、トレーニングルーム中からシュラに対する非難の声があがった。が、シュラは平然とそれを無視した。
「お前なぁ、手加減しろって言っただろ?」
ベンチに座った獅郎の膝を枕にして、タオルを額に乗せた雪男が寝かせられている。雪男が気を失ってすぐに、ヴァチカンから獅郎が戻ってきたのだ。
「四角四面じゃこの後苦労すんだろ♪」
隣のベンチでは、シュラがイタリア製のビールを呷っていた。
「お前のはやりすぎだ」
じろり、と獅郎がシュラを睨み付ける。が、シュラは軽く肩を竦めただけだ。
「ん…、父さん…?」
雪男が目をこすりながら起き上がる。
「起きたか。ん?どうした?」
起き上がった雪男は、獅郎の顔を見るなり下を向いてしまう。小さな肩が震える。
「う…、ふぇ…」
小さく嗚咽が漏れてくる。その頭を、獅郎がぽんぽんと慰めるように優しく叩く。
「きひひ♪使い魔にビビッたかぁ?やーい、ビビリ」
シュラの言葉に、雪男がはっと顔を上げる。一際くしゃり、と顔を歪める。
おやおや、やりすぎちまったかな?
が、次の瞬間、雪男はきっ、と目尻に涙が溜まった目でシュラを睨み付けた。
「ぶっ!にゃははははは!良いねぇ、その目つき。ガッツのあるガキは嫌いじゃないぜ♪」
「僕は…、僕はあなたが嫌いです!」
どっとシュラと獅郎が笑い転げた。
「ひどい…!父さんまで笑うなんてひどいよ!」
号泣しそうな雪男を宥めながら、「お前チビったんじゃないの?」と言う冗談をかまして更に子供を怒らせている獅郎を、シュラは缶ビールを呷りながら横目で眺める。
なかなか父親が様になってるじゃないか。
にやり、と笑う。
アンタがその子を連れてきたってことは、ちょいと四角四面な所をアタシに何とかしてくれってことだろ。アンタがアタシにそうしてくれたように。
受けてやるよ…。ただ一日一日を生きてるだけのアタシを、アンタが拾ってくれた。アンタに貰った命だ。
「獅郎、随分からかいがいのあるガキ、連れてきたな」
シュラの言葉に、獅郎が苦笑する。
「おい、ビビリメガネ。メシおごるの忘れんなよ」
雪男が精一杯のアカンベーをした。