GOD BLESS YOU
――――ッしゅ
「どしたの? ウワサでもされてんの」
「何よそれ」
押し殺した筈のそれを聞きつけられ、彼女は僅かに顔を潜めた。
古ぼけた本棚の上に猫のように寝そべった、声の主は薄暗がりの中でにやり、とやはり何処かの猫のように笑っている。
「ウワサされるとくしゃみが出るんだって。1回だけならイイ噂」
「何処の話よ」
「さぁ?どっか東の方」
適当に応えて、彼はとんと足音も軽く目の前に降り立った。
「大概染まってるわね、あんた」
「染まってないよー、染まってんのはラストの方だろ」
呆れたように言ってやっても、しれっとした答えが返ってくる。かわいくない。
「・・・何かさぁ、気に入ってるみたいだね」
色欲ともあろうものが清いお付き合いじゃない?
「――――抱いたげれば?」
その、時。
ふ、と空気が動いた。
彼女はほんの僅かだけ唇をあげただけで、答えはない。
ただ薄い闇の中に、緩いカーブを描く紅い唇だけが鮮やかに。
妖艶さも、毒もないただ静かな笑みを。
僅かな沈黙の後、ふーん、と気のない返事を返して彼は背を向けた。
「この間潜り込んできたけど。焔の大佐、何か動き回ってるみたいだよ。彼氏が忙しくなってきてんなら頃合いじゃない?」
じゃあね、と言うだけ言ってするりと闇の中に溶けていった。
黒い影の消えた方とは逆へと、ゆっくりと踵を返す。
カツン、と堅い音がした。
見慣れているはずの暗い広間を何となく眺め渡す。
不意に、滑り込むように思い出す声があった。
くしゃみをした後に、彼がするりと続けた耳慣れない言葉。
誰かに教わった、とか。したあとに言っておかないと何処かに行ってしまう、とか。
――――何が?
『 』
「・・・何て、言ってたかしら」
作品名:GOD BLESS YOU 作家名:みとなんこ@紺