GOD BLESS YOU
「…そろそろ本格的にきな臭くなってきましたね」
眉を寄せたブレダに向けて、彼はあまりタチの宜しくない笑みを見せた。
「どちらにせよ私は行くだけだ。退路なぞ最初からない。・・・ここまで来たからには最後まで付き合え。途中退場は認めんからな」
「俺らには命令形な上選択肢もなしですかい」
はぁ、と溜め息と共に煙を吐き出す。
いつも通りの傲岸な物言いだが、何故だかそんな嫌な気はしない。それはブレダも同じなのか、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたままジョッキを傾けている。
あーもう。
がしがしと乱暴に髪をかき混ぜて、ハボックは大きく息をついた。
「判ってますよ。這ってでも追っ掛けます。けど、あんたも途中でコケんで下さいよ、諸共なんですからね」
「お前言うようになったな」
「根性悪い上官に鍛えられてきましたから」
そんなジト目で睨まれても今更怖くありません。
給与査定も終わってる事だし、しばらくはこのネタは使えない筈。
だが、上官の陰険さの方が上だった。
ふーん、と面白くなさそうな顔をしていたのも一瞬で。ふと何か思い出したように、ニヤ、と笑った。
「『マダム・パピヨン』」
「・・・何ですか、それ」
「お前の次のコードネームに決めた。変更不可だ」
ブッ
「汚ねー!」
ブレダの抗議を聞いている余裕なぞなかった。かなりな勢いで置いたジョッキをうるさそうに見遣る男に慌てて詰め寄った。
「ちょっ、何なんですかそれ!っていうか何処から出ましたそのセンス!」
「うるせーなマダム」
「ちょっとは落ち着いたらどうだマダム」
「真顔で言わんでください!だから何ですかそれは!」
「文句は中尉に言え」
う。
そこか・・・!
通常の軍内部での階級差を越えた、部内絶対権力者の名を出されて、ハボックはがっくりと項垂れた。
確かに前々から中尉の名付けのセンス(及び躾の過酷さ)はまことしやかに有名な話ではあったが、まさかこんな所で自分がぶち当たる事になるとは思ってもいなかった。
だが・・・!
「それだけは勘弁して下さい・・・!」
血を吐くような嘆願に、上司は非常にご満悦顔だ。
きらきら輝くような対・外面良さ最高潮な笑顔を浮かべ、
「冗談だ。なぁ、ジャクリーン?」
さらりと言い放った。
「・・・・・・。」
とりあえず女性名なのは決定事項らしい。
「・・・どっかの店みたいですね」
まぁさっきのアレよりはマシかもしれないが。はぁ、と肩を落として再度席に着く。
それを見届けたゴキゲンな上司は、さらりと続けた。
「あちらが動けばそれに沿う。動かないようであれば、2.3日中にはこちらから行動を起こす。何が起こるかは突いてみるまで判らん。そのつもりでいてくれ」
「イエッサー」
かつん、と3つのグラスが打ち合わされて、硬い音をたてた。
「・・・これ終わったら、ちょっとは一段落しますかねぇ」
彼女とちょっとくらいのんびりどっかに行きたいなー、とかって思ってるんですけど。
わざと調子を変え、ふいー、と溜め息を付きつつ言うと「膝枕で昼寝しにか?」としつこく横合いからつっこまれた。昼間の食堂からの続きだ。
うっせい。
いらん茶々を入れてくるブレダの足を気合い入れて踏んでおく。何か文句が上がったようだが気にしない。
先程までの厳しい気配を振り払い、ちょっとくらい緊張感持てないのかお前らは、とか何とか呆れたように大佐は言っている。けれど、それこそこの人にだけは言われたくない台詞だ。自分の興味を引かれた時と、何か重大事項が起こった時以外は出し惜しみしっぱなしな癖に。
「無理ッスかね~…」
「ある種余計に忙しくなるだけだと思うがな。うつつを抜かしてる暇なんてないぞ」
うへぇ~…。
がっかり、というかげんなり、というか。
まぁ、仕方がない。それも自分で選んだ末のものだから。
作品名:GOD BLESS YOU 作家名:みとなんこ@紺