基本的にこんな感じの毎日です
アストロズ寮食堂にて。
食後、太一の側に寄ってきた下北沢が勢い込んで言ってきた。
「太一さんっ、今日の太一さんの一晩を俺にくださいっ!!」
「んー、いいぞー」
太一、あっさりと了承。
「………をい」
「泰二、マッサージだから。マッサージの時間作ってくれって言ってるだけだから、下北沢は…」
だからバット握り締めるのはやめろー、と疲れた様に平田さん。
アストロズに入りたての頃は、天然無自覚危険発言盛りだくさんな下北沢を面白がると同時に困っていたアストロズの面々。
しかし流石に慣れた様で。
「まー、最初の頃は太一も困ってたけどなー」
「すっかり慣れたよな。…下北沢も言い方変えねーし」
生温かい目でその様子を眺めつつ、八木沼とトム。
「でも、下北沢もれんしゅーあるだろー?」
「いや、これも俺の仕事だし…」
「ん~…でも…」
「おいらもやるーっ!!」
「わあっ!?…い、石田ーっ!!だきつくなーっ!!」
「はははー」
石田乱入。相変わらず自由だ。
「………平田さん」
「あー………あれもいつも通りだから」
何で俺がフォローと説明を…と思いながらも、他にしてくれるヤツもいないので諦める。頭は痛いが、それが現実なのだから仕方ない。
「…まぁ、頑張れ」
「………何をですか………」
色々だ。
(…これくらいで動揺してたらこの先大変だからなー)
どこか遠い目をしながら平田が思う。
特に、ここに矢島や和久井やらが加わると、より騒がしくなる事は間違いないのだから。
そんな感じで翌日の事。
食堂にて。出戻って間も無い泰二が平田に説明を受けていた。
「…え。兄貴、下北沢と同室なんですか?」
「ああ、うん。マッサージしてると太一寝ちゃうからって、監督がな。たまに石田が乱入して皆で寝てたりするけど。あと、練習の流れで矢島さんの部屋になったり、八木沼が他の部屋に行ってる時は俺の部屋になったりするけどなー、太一の寝るとこは」
だからマッサージする時は、下北沢はあんな言い方でいちいち了承取ってるんだ、と補足。
「………………」
泰二は無意識に渋面を作りながら、それは部屋が決まっていないのと同じ事なのでは、と思いつつ。
「………俺はどこで寝るべきですか」
「安眠と太一のどっちを取るかで変わってくるなー」
「…お、俺は別に………」
第一、以前だって練習の延長で、外で寝ていた事がある位だ。兄貴がどこで寝ようが、自分には関係無い。ただ、兄弟だからと一纏めにされるのではないかと思っただけで。
…なんていう内心での言い訳は、口から出る事無く、
「太一さんっ、今日の太一さんの一晩を、おれにくださいっ!!」
「………………………………」
聞こえてきた相変わらずの下北沢の台詞に、泰二は思わずこめかみに血管を浮き上がらせた。
「んーと…。でも下北沢、明日も早いだろ?昨日もやってもらったし、おれ、へーきだぞ?」
「いや、でも………」
困った様に首を傾げながらの太一の台詞に、尚言い募ろうとする下北沢の背後から。
「………今日は俺とだ」
「あっ、たいじ?」
「…いいな、兄貴」
「えっ?…う、うんっ」
弟の有無を言わせぬ迫力に、太一は慌てて頷く。
弟から誘われて普通に嬉しいのだが、泰二もマッサージがお仕事?なんて考えている辺り、太一もかなりぼけぼけだ。
「…じゃあ、見学させてくださいっ」
「…をい」
「人のやり方を見るのも勉強だと監督が」
「………また三原監督か………」
真顔で言ってくる下北沢の言葉に、泰二は内心溜息を吐く。
(あの人、ぜってーわざとやってるだろ…)
そう苦く思う泰二。
アストロズメンバーの総意もそんな感じだったりするし、実際三原もそんな感じだ。
面白ければそれでいい。それが三原のジャスティス。
まぁ、色々と思惑もありそうだが。
「…兄貴にばかり付いてても勉強にならないんじゃないか?」
「アストロズの中心は太一さんだから、付くなら一番良いって監督が言ってましたが…」
疑問符を浮かべて下北沢。他意は無いらしい。…本人的には。
「………百歩譲ってそれを認めるとしてもだな………」
泰二のこめかみに浮かぶ血管が増えている。なんかぴくぴく震えている様な気もするし。
離れた所からその様子を見ていた平田が、
「………もー素直に兄貴に近付くなーとか言ったらどーかなぁ………」
なんて呟くのも仕方ない位に大変そうだ。
(でもハッキリそう言っても下北沢は変わらないだろーしなぁ…。いや、そもそも泰二にそんな事言えってほーが無理か…。変に爆発されても困るし、どーするか………)
そんな事を思いつつ傍観している平田の視線の先で、話は展開していく。
「それに、太一さんとは同室ですから」
寝た後運ばないと、と続ける下北沢に、既に刻まれていた泰二の眉間の皺が深まった。
「………俺も部屋決まってないから今日は兄貴と同じ所で寝る。空き部屋はあるらしいからな。…いいな、兄貴」
「えっ?…えっと…」
それはそれで嬉しいのだが、いきなりの事で太一も戸惑う。
無意識に救いを求めて周囲を見回し、平田と目が合うが、イイ笑顔とサムズアップを返された。太一、困惑。
と、下北沢が太一の方に向き直り、ぐっ、と太一の手を握り締めて。
「………いっしょにいたら、駄目ですか?」
「うっ…!?え、えーっと~………」
真顔でまっすぐ見詰めてくる下北沢に、汗を一筋垂らしつつ。
「…お、おもしろくないぞー?」
「それはおれが決めます」
「………明日も早いだろ?」
「へーきです!!」
「あ、あうぅ………」
ぎうーっと握られている手はそう簡単に離れそうもないし、じーっと自分を見詰め続ける下北沢から目を逸らすのもなんとなく出来なくて。
太一は困った様な、愛想笑いの様な笑みを浮かべて。
暫しの間の後。
「………ちょ、ちょっとだけ、な?」
「はいっ!!」
(兄貴ーーーっ!?)
太一、根負け。
「………太一は野球関係や自分で決めた事には頑固だけど、あーゆー時は結構流されやすかったりするからなぁ…」
そして下北沢も物凄く頑固だ。あの場はああなるしか無かったんだろうなぁ、と平田。
「………それはそれとして、何故平田さんが兄貴を膝に乗せているんですか」
「マッサージのやり方の勉強だろ?人が多い方がいいじゃないか」
「だからって何故膝に乗せますか!!」
「別に嫌じゃないよな?太一?」
「ん!!平田さん、あったかいし、きもちいーよ?」
「………兄貴、もう少し考えて喋れ」
「ん?」
朗らかに笑む平田と、苦虫を噛み潰した様な顔の泰二。
そして、色々と解っていない太一が平田の膝の上で、泰二の様子に首を傾げている。
「…しかし人多すぎませんかこれは…」
「………諦めろ」
結局あの後、三人を放っておくのが不安だった平田の介入により、人が増えた。
…それが良かったのか悪かったのかは、微妙な所だ。
因みに人数が増えた為、移動したのは部屋ではなく、選手達の休憩室に使われている広い場所である。
「太一専属としては、放置してはおけないだろう」
作品名:基本的にこんな感じの毎日です 作家名:柳野 雫