断食月
最後の一撃、というべきものが近づいてきたようだ。
ふたたび彼は舞い上がり、月の円盤の中へと消えた。
怪物が目で追う。
人工の明かりと砂漠の埃に煙った暗い空、そこから分身を連れた隼が、気流を裂いて降りてくる。
余力がない。
もう、弾は作れない。両脚のナイフのような爪を氷で武装させ、怪物の頭めがけて体ごと抉りこむ。
それはほとんど意思表示の意味しかない攻撃だった。とはいえ、スピードは今夜最速の時速四〇〇キロ、かわせるものではない。風が泣き喚くのと、ほとんど同時に鉤爪が迫る。
怪物の背後から、白い影が姿を現した。
隼の目の中で、そいつの冷徹な顔が拡大する。
爪が触れた。切り裂き、捻る。
触れたと思った事そのものが、錯覚だった。大きく広げた強力なその両翼が、巨大な白い手に鷲づかみに握られていた。
彼はもがき暴れた。絶望的に格差のある相手に抵抗した。
青灰色の羽毛を打ちつけ、二つの嘴で威嚇する隼を見つめながら、怪物は言う。
「この館を買おうと思う」
白い影にほんの少し力を加えさせ、やんわり隼の首を絞める。甲高い声が弱まった。
「お前がここにいるからな。庭にスタンド使いの鳥がいたら、さぞ面白い事になるだろう」
まだ攻撃的に開いている猛禽の鋭い嘴に、あえて指を突っ込んだ。骨まで噛まれながらも、空いている手でその喉元を撫でてやる。
「まあ、面白いというだけのことだがな」
『世界』の手を緩め、自身の指を引き離して、DIOは後に『ホルス神』と呼ばれる分身を持った隼を解き放った。
午前一時三二分、争いは終わった。
この断食月の夜以来、商館跡はある旅行者の一行が訪れるまで、静けさを取り戻す。