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再会のキス

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つけられている、とは感じていた。一人ではない、何人かが蠢くような気配があの街を出てからずっと、俺をとりまいている。その包囲網は徐々に狭まり、手を伸ばせば触れられるのではないかと錯覚するほどに近くなった。
 ネズミは歩幅を一定に保ったまま聴覚を研ぎ澄ました。旅人狙いの強盗の相手なら慣れたもので、返り討ちに奪ってやるのが常だった。しかしこいつらは強盗ではない。金目のものに飛びつく浅ましさは感じられない。何が狙いだ。頑丈さと美しさだけが取り柄の身一つで浮浪している自分に、いったい何の用があるというのか。NO.6が瓦解して三年が経った。今更になってまで俺を捕まえようとする奴などいないはずだ。
 他人の粘つく視線にさらされると息が詰まる。ようやく一人に、誰にも関心を寄せられずに過ごす日々に慣れたのに、過去を思い出させるようなふざけた真似をしやがって。ネズミは忘れ物に気付いたようなそぶりで立ち止まり、背後を振り返った。廃墟を飲み込むように覆い茂る草木に目を凝らす。気配のみが濃厚に漂い、姿は見えない。
 何を待っている。
 ここまで近づいておきながら、手を出してこないのが逆に癪に障った。いつまでも趣味の悪いかくれんぼに付き合ってやる義理はない。黙ってつけられているよりは、蹴散らす方が性にあっている。今にも崩れ落ちそうな壁を背にして低く囁いた。
「出てこいよ」
 言って、自分で笑った。安っぽいドラマの主人公か、俺は。引き金にかけた指が震える。こんな挑発でのこのこ出てきてしまうのはつまらないフィクションの雑魚だけだ。真綿で首を絞めるような嫌らしい圧迫感を加えてくる類の奴らは、決して出てこない。こっちが焦れているのを眺めて嘲うだけだ。
 バカみたいだ。
 ふっと肩の力を抜いて、銃口を下げた。おさわり厳禁と決めているなら貫けばいいさ、ちっとも楽しいことはないけどな。警戒が緩んだそのとき、ぷしゅうと、空気が抜ける音がした。
「これは――」
 ――催眠ガス。
 すぐに息を止めたが、既にいくらか吸い込んでしまっていた。急に頭が重くなり、視界に靄がかかった。呼吸が苦しい。身体が硬直して動かない。これは催眠なんて生易しいもんじゃない、神経ガスの一種だ。
 草木を踏む足音が四方から近づいてくる。四人、いや五人か? そんなに顔を見せたくないのか、一体どんな美貌の持ち主なのやら。遠ざかる意識の中でネズミは毒づき、そのまま気を失った。


 ――ネズミ。
 ぴくんと瞼がひきつれる。
 ネズミ。昔の話だが、あの小さな動物の名前で、俺を呼ぶ奴らがいた。森で暮らしていた頃の名前は秘して、自らそう名乗ったから、俺はネズミになった。そしてあの日、瓦礫と化したNO.6を去って以降、ネズミであるのをやめた。名乗るのをやめた。何者でもなくなり、ただ一個の人間として生きてきた。何者でもなく、誰にも特別と思わない。荒涼としていたが爽快でもあった。互いに必要とされ必要とする、そんな相手がいなくとも上手く笑えたし楽しめもした。だだし泣けはしなかった。泣くほどのことなどなかったのだ。
「ネズミ」
 茫洋とした無にそっと差し込まれた一筋の光。名前というものがこんなにも自己の覚醒に役立つとは、まさに目の覚める思いがする。ネズミとしての輪郭がどろどろに溶けかけた自分を縁取りはじめ、まだ身体を持っているのだと気付く。四肢の重みが戻ってくる。よかった、喪われるにはあまりに惜しい身体だ、と笑い混じりに思い出す。
「ネズミ、ネズミ」
 懐かしい名前を呼ぶのは、懐かしい声だった。懐かしすぎて再び死の淵に落ち込んでしまいそうなほどネズミの心を揺さぶった。三年の月日は彼の声を忘れさせてはくれなかった。恋しさを募らせただけだった。彼の呼ぶ自分の名が、鋭いナイフさながら心臓に突き刺さる。痛い。苦しい。でもあたたかい。何かを掴もうとして、動いた指先に驚いた。こんなところまで神経が通っている。
「ネズミ!」
 分かったからそううるさくするなよ、俺はここにいるじゃないか。
「――紫苑」
 久しぶりに目にした紫苑は、顔をしわくちゃにして泣いていた。
作品名:再会のキス 作家名:マリ