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再会のキス

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 まだ痺れが残っているだろう。紫苑は泣きじゃくりながらもネズミの上半身を支え、背と壁との隙間に大きな枕をあてがった。彼は決して非力ではないと知っていたはずなのに、そう軽々とやられるとやはり驚く。シャツの上からでも分かる、少年ではなく青年の腕になっている。年月を感じずにはいられなかった。
 きみは丸一日眠っていたんだと、紫苑は優しく言った。昨日運び込まれてきたときは死人かと思った。胸を撃たれたあの日のきみに負けず劣らず真っ青で、眠ったまま逝ってしまったらどうしようと、有り得ないとは理解していたのに怖かった。起きてくれてよかった。
 胃は空っぽだったが妙な満腹感があった。点滴でも打たれたか。袖をまくり上げようとして気付く。ネズミは病院患者の着るような薄手のローブを着ていた。染み一つなかった。滅菌されているのであろう清潔さが、かつての都市を思い起こさせた。紫苑が着かえさせたのだろうか、とぼんやり考える。俺はあの薄汚いぼろを纏っているのが一番だ。
「――ここはNO.6なんだな」
 まともに喋れるようになったので尋ねると、紫苑は笑って首を振った。「もうNO.6はなくなったんだよ、ネズミ。ここは確かにあの都市のあった場所ではあるけれど、そんな名前で呼ばれてはいない。ただの番号なんかで呼ばれてはいないよ」
 ネズミの視線の動きを読んで、紫苑はさっと大窓のカーテンを開けた。よく晴れた空の下には、かつての都市とは似ても似つかない素朴な街並みが広がっていた。思わず立ち上がり、よろめいた。毒のせいだけではなく、目がくらんだのだ。
「あそこに矯正施設があったんだ」
 紫苑が指をさしたあたりは木々が植わって公園のようになっていた。いやあれは遊歩道だと訂正されたが、どちらにしても明るく開けていた。あそこで行われいたおぞましい所業を、人々は忘れることに決めたのだろうか。目を凝らすと、真っ白い石碑らしきものが立っているのも見えた。そんなわけはない、と自分で打ち消した。弔うのは忘れるのとは違う。そうだろう紫苑。あんたは歴史を塗りつぶしたりはしないよな。
「……再興を果たしたのか」
 我ながら呆けた声が出た。
「果たしてはいない」紫苑はガラスに手のひらを押し当てた。「後に残った皆で、少しずつ建て直してきたんだ。まだまだ途中だし、大変なのはこれからだろう。でもねネズミ、終わることはないよ。人が生きてる限り、国も都市も完成なんてしない。そんなものを目指しちゃいけない」
「貪欲だな」
「向上心がある、と言ってくれ」
「褒めてるんだよ」
 交差する視線は、並んで立ってみて分かったがほとんど平行だった。辛うじてネズミの方が高いが、このまま差が縮まっていけばやがて追いつかれる。そう思うと、顔つきも体つきも声さえも三年前とは変わったふうに見えてくる。いや、実際変わったのだろう。自分たちはまだ成長の途中だ。じろじろと眺めまわされた紫苑は照れくさそうに微笑み、きみも何だか変わったねと呟いた。
「髪を切ったんだよ。気付いてくれたのかい、お坊ちゃん」
「そうじゃない」くすくす笑う。「髪を切ったくらいじゃそう変わらないだろ。何ていえばいいのかなあ……ううん、大きくなったっていうか」
「おお、皮肉も言えるようになったんだな」
「違うってば」
 中身も成長してるんだろうなあ色男、ネズミには敵わないよ、などと窓ガラスに凭れてやりあう。ネズミは自分たちが自然に笑顔を交わし、冗談を言えることに感謝した。会ったはいいが二人して黙り込んで気まずさに耐える、なんてのはまっぴら御免だった。
「それより」ひとしきり応酬を楽しんでから、ネズミは本題を切り出した。「何故俺はここにいる? 俺がやられた場所は、この街からはかなり離れていたはずだが。誰がここに連れてきたんだ?」
 すると紫苑は問われた意味が分からない、というふうにきょとんとした。「何故って、分からないのか?」
「そりゃ分からないさ。いきなりガスで眠らされて、あんたがぎゃあぎゃあ泣き喚く声で起きたんだ。その間に何があったかなんて、生憎一つも覚えちゃいない」
「別にその間の記憶がなくても分かるだろ。ぼくはずっとここにいて、そこにネズミ、きみが連れてこられた。結局、主要な登場人物は二人しかいない。簡単なことじゃないか。ぼくがきみを呼んだんだ」
「――はあ?」
「彼らに頼んで、きみを連れてきてもらったのは、ぼくだ。ぼくの意思だ」
「何を言ってる」
「きみは嘘をついた」
 あの頃から何も変わらない、それどころか強靭さを増したまっすぐな瞳にたやすく射竦められる。動けなくなる。どうして紫苑はこうも感情をあらわにして、それによって傷つくことをものともせずに、他人と向かい合えるのか。俺にはとてもたどり着けない極地に、あんたは無意識で立っている。危なげもなく、しっかと足を踏みしめて。
 必死に唇をわななかせ、ふざけるな誰が嘘なんか。言い返そうとして腕を捕まれ、
「ん、――!」
 乱暴に口をふさがれた。
 かつんと歯が当たったと思う。それほど急で、予想だにしなかった不意打ちに目を白黒させていると、紫苑の舌が強引に唇を割って入ってきた。強い。押し返せない。自分の舌が喉の奥に押しやられ、軽い嘔吐感をもよおす。いくら漁ったって俺の口の中には何もないぞ、紫苑。むかっ腹が立ち、暴君さながらに振る舞う舌にかみついた。すると一瞬ひるんだが、一瞬にすぎなかった。ネズミが息を吐く間に、再び攻め入ってきた。
 最初のふれるだけのキスや、二度目にした激しくも優しいキスとも異なる、一方的に全てを奪いつくさんとするキスだった。
 苦しかった。
 三年分の想いを一息に込めたみたいに苦しかった。
作品名:再会のキス 作家名:マリ