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【シンジャジュ】我儘な子供

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「シン!」
 モルジアナに伴われて現れた主の姿を目にした瞬間、ジャーファルはギョッと目を剥いた。
 慌てて駆け寄り腕を伸ばすと、小柄な少女からシンの身柄を渡される。真っ先に目の前に飛び込んできた肩口には、鋭利な刃に貫かれたらしい傷痕があった。その凄惨なな様子にグッと息を飲み込む。
 両腕や左の掌、左脚や右脚の甲にも同様の傷跡と、それ以外にも上半身から顔面に掛けての皮膚裂傷、併せて血管が所々裂けているらしく重度の内出血の症状が見られた。体力も魔力も相当消費しているらしく、顔色の悪さから貧血を起こしている事も明白だった。意識を保っているのが不思議な程の大怪我に、一瞬、頭の中が真っ白になる。
「何ですかこの怪我は……満身創痍じゃないですか!」
 指先が震えそうになるのを堪えて、主の纏う生地をぎゅっと握り締めた。
 盗賊三兄弟によって盗まれていた金属器が無事に返って来た事は僥倖だったけれど、こんな状態のシンを戦いに行かせる訳にはいかない。頭の片隅で金属器が返却された事は言わないでおこうかとも思ったけれど、後方のマスルールに支持を飛ばす前に、ザッと土を踏みしめる音が聞こえた。
「シンさん。これを」
「ああ」
 マスルールによって差し出された金属器が視界に入り、ギリリと奥歯を噛み締める。隠し通す事など出来ないとは分かっていても、実直な性分を持つ後輩を恨みがましく思った。
「行くぞ」
 わしゃわしゃと頭を撫でられ、温かな体温がふっと離れる。子供扱いされた事を普段の自分だったら憤っていた筈だが、今はそれ所じゃなかった。通り過ぎようとしたシンの腕に縋るように、ジャーファルは手を伸ばす。
「駄目です。手当てが先です」
「……ジャーファル」
 自分の声がまるで聞き分けの無い幼子のように聞こえ、それを咎めるシンの声は宛ら保護者のようだった。何だこれはと思う。正しい道理を述べているのは此方なのに、いつもの自分達と関係の逆転しているような状況に苛立ちを覚える。
「すぐに手当をします。座ってください」
「一刻の猶予も無いんだ。お前も分かるだろう」
「貴方にもしもの事があったら、アリババくんだって責任を感じます」
 部下の立場から説得しても無意味だと感じ取り、卑怯だとは思ったけれど咄嗟に此処にはいない少年の名を借りた。己の都合よりも他人の痛みに敏感な心優しき性分を持つ彼を引き合いに出せば、何よりも効果的に良心の呵責に触れるだろう。
「お願いです。せめて応急処置だけでも」
 シンの服の裾を掴む指先にきつく力を込める。弱々しく震えた声はやり過ぎかとは思ったが、過度に演技をしたつもりもなく、また背後に控えるモルジアナの気配が同情的なものに変わった事で、場の雰囲気を味方に付けたと察した。
「……分かった」
 観念したように嘆息したシンは、呆れたように笑っている。
 出逢った頃はよく目の当たりにしていた慈しみの宿る微苦笑を、大人になってから見るのは久し振りだった。
 ありがとうございます、と応えた声は、震えていなかっただろうか。反芻する間も無く、ジャーファルはすぐさま懐に携帯している包帯の束を取り出し、傷口の手当を始めた。
(ひどい……)
 怪我の具合は思ったよりも深刻で、爛れた皮膚を目の当たりにするたび、眉宇に険しい皺が寄る。シンが何でもないように平然とした顔をしているから、余計に殺された痛み達の感覚が指先を通して伝わってくるようだった。
(凍傷、か……)
 刃の貫通した皮膚の周囲には霜焼の痕が見られた。お陰で出血は最小限に留まり、止血の役割をも果たしてはいたが、重傷には変わりない。
 恐らくは氷魔法によってやられたものだ。この技を使う人物は、自分の知る限りただ一人だけしか居ない。腹の底に沸々と憤怒のうねりが煮え滾っていく。
 ジャーファルの静かな憤懣を助長するように、傍に控えていたモルジアナが小さな声で呟いた。
「シンドバッドさんに深手を負わせたのは、ジュダルという男です」
「モルジアナ」
 諌めるようにシンが名を呼んでも、時既に遅い。顔を伏せているジャーファルはクーフィーヤの生地に上手く表情を紛れ込ませてはいたが、風にそよいだ前髪から垣間見えた両眼は真冬の空気を思わせる冷気に満ちていた。
「ええ。分かっています」
 ギュ、と手馴れた仕草で包帯を縛り、傷口をきつく固定する。
 ジュダル。
 幾度と無くシンの命を狙い、顔を合わせてはぶつかってきた男だった。気に入っている相手ほど徹底的に甚振り、ジワジワと苦しみ弱っていく様を楽しんで見ているような残忍さを持った人物でもある。アラジンとの戦いで瀕死の重態に陥っていた為に暫くは休養が必要だと思っていたが、奴が再び現れると知っていれば、シンを一人で行かせるような真似は絶対にしなかったのにと臍を噛みたくなる。
 けれど、それ以上に悔しいのは。
(この傷は、私が付けてしまった物です)
 左手の包帯を巻き直す際、手の平に残っていた剣先を握りしめたような傷跡にズキンと左胸が疼痛を帯びた。
 霧の団幹部のカシムが発した安い挑発に乗り、迂闊に鏢を向けた事で、結果的にシンを傷付けてしまった。護って然るべきの主を、己の武器で傷を負わせてしまったのだ。その罪は何よりも重い。
(同罪、なんです)
 認めたくはないけれど、ジュダルと自分は似ている。シンに執着しているという一点に於いては。
 その内情が護りたいという思いか、奪いたいという欲望かは別として、対極にあるように見える二つの根底にあるものは同じなのかも知れない。
 それを今回の暴動のさなかにうっすらと感じ取っていた。