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【シンジャジュ】我儘な子供

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 異変に気が付いたのは偶然だった。
 風も無いのに樹の枝が微かにざわついているのを、偶々通りがかった廊下の窓から見掛けた。それが紫獅塔の最上階に位置するシンの居室付近だったから、少しだけ胸騒ぎを覚えた。
 我ながらこういう類の勘には優れている方だと自覚しているので、手にしていた巻物一式を部下に預けると、ジャーファルは夜の帳の降りた薄暗い廊下を慎重に進んで行く。
 斯くして嫌な予感は的中し、この場所に存在してはならない人影を見つけた次第だった。
「真夜中の来訪とは、感心しませんね」
 漆黒の長髪を丸く結わえているシルエットにそっと声を掛ければ、何処か少年らしさを残した肩が僅かにピクリと反応する。顎を引いた彼は、鋭い視線で後方へと振り返った。
「へぇ……気配も体臭も完璧に断てるとか、お前人間? つーかマジ死んでんじゃねーのっ」
 くるりと素足の踵を軸にして振り向きざま、さも面白いモノを見つけたとばかりにパッと表情を明るくしてハハハッと無邪気な笑みを上げる。その人懐こさに相対した者はつい無意識のうちに警戒心を解いてしまうのかも知れない。
 良い意味でも悪い意味でも人を惹き付ける不思議な魅力がある事は認めざるを得ない。それが自分の知っている二人のマギの少年から学んだ教訓だった。 
「ええ、そうですね。昔は」
 カツ、カツ、と抑えていた平靴の踵を故意に響かせて、月明かりの指す窓際へと歩を進める。扉の影に立つ人物にも此方の姿が見えるように。薄暗い闇の中でも、常人より夜目に肥えた慧眼を持つジャーファルには、はっきりと招かざる客の姿が見えていたので、フェアな立場に自分達の身を置きたかった。
「今は、生きています」
 この能力のお陰でシンに出会い、共に旅をする間柄となり、現在に至る。今は特殊な体質に生まれてきた事を幸運だとさえ思う。
 しみじみと生を実感する思惟を込めて呟けば、目の前の少年……ジュダルは何だそれ、と腹を抱えて笑った。
「今生きてんだったら、昔だって生きるって事じゃん。何ワケわかんねぇ事言ってんだ?」
 ケラケラとおどけた調子で揶揄を向けてくるのに、気の短い相手ならば激昂していただろうと思う。生憎その程度の挑発で気色ばむほど若くはないのだと白けた気持ちになりつつ、八人将の中でもヤムライハやシャルルカンとは絶望的に反りが合わないだろうなとぼんやり思考した。
 一頻り笑った後、此方が軽口に乗ってくる相手ではないと悟ったのか、ジュダルの方も馬鹿笑いを収めてニヤリと唇を歪める。
「お前さぁ、ちょっと面白いよな。あのバカ殿の眷属じゃなかったら、俺が王候補に選んでやっても良かったのに。勿体ねぇの」
「ご冗談を」
 自分が王の器など笑いの種にもならない。ジャーファルは剣呑と瞳を眇めた。
「つまらない戯言を言うために来たのではないでしょう。何が目的ですか」
「んだよ。今日はお前の大事なバカ殿に会いに来た訳じゃねーよ。今あいつはうちに向かってんだろ」
 バルバッドの一件から、シンは煌国の皇帝との会談の為、つい数日前にシンドリアを出航していた。長い船旅になる故、まだ広い海原に揺られている頃だろう。確かにシンに会いたいのならば黙っていてもやってくる筈だった。それを態々不在の時期を狙いすましたかのように現れる意図が分からない。
「でしたら、何故」
「チビだよ。マギのチビを出せ」
「アラジンに……?」
 意外な人物の示唆にジャーファルは瞠目する。
 確かに彼には二度までも敗北の形を喫しているので、さぞかし腹の虫は収まらないのだろうが、単身で乗り込んで来るなど、煌帝国、引いてはその裏にある組織が許さないのではないか。ならばシンドリアにやってきたのはジュダル自身の意思という事になる。
「アラジンを探しているのなら、なぜシンの寝室に?」
「だって俺、ここしか知んねーもん」
「そもそも彼に何の用があると言うのです」
「うるせぇな、仕方ねーだろ。アイツに見せられたもんが気になって、こっちはうまく眠れねぇんだよ」
「……?」
 ジュダルの言葉に、ジャーファルは微かな引っ掛かりを覚えた。
 黒きジンを従えたジュダルとアラジンの戦いを目撃していた兵達の話によると、アラジンの放った光の攻撃に倒れたジュダルは、その後も調子を取り戻す事無く、銀行屋らしき男に早々と連れ去られたと言う。後から自分達が駆け付けた時には既にジュダルの姿は無く、銀行屋のみを打破するしか術はなかったのだが、その少し前の戦闘時にアラジンによって何か幻影らしき物を見せられたのだろうか。
「どんな内容だったんですか?」
 スッと足を踏み出すと、ジュダルはギクリと肩を強張らせた。いつもの強気な彼らしくもなく、紅い瞳がそろりと宙を泳ぐ。夢の内容にはよほど触れられたくないのか、揺れる虹彩に微かな恐怖の色すら感じられた。
 此処は押し所かも知れない。直感で察したジャーファルは、カツンと踵を響かせて更に一歩を前に踏み出した。
「教えてください。そうしたら私もお手伝いをします。アラジンの術がどのようなものだったのか、彼に掛け合って聞いても良い」
 ゆらりと持ち上げた腕をジュダルに向かって差し出した。
 長い袖の中には、常に身に付けている鏢が潜んでいる。深夜に近い時間帯だったが、シンは就寝することなく金属器を身に付けているようだった。ジャーファルの持つ鏢には今までに溜めた魔力が静かにたゆたっている。主との繋がりに感謝を覚えつつ、いざという時には自分が力尽くでもジュダルを止めるのだと覚悟を決める。
 創世の魔法使いたるマギの少年を止めるだけの力が、自分にはあるのか。その点については、今は深く考えないでおく。
「さぁ、こっちにいらっしゃい」
「……っ」
 腕を伸ばしてゆっくりと近付いていくと、噛み締めていた少年の唇から獣の呻きのような低い声が漏れた。
「うっせぇんだよ、俺に指図すんなっ」
 バシンッ、と乱暴に腕を払われ、上体が揺らぐ。視線だけは逃さずに追い続けると、ジュダルは逃げるように背後の扉までタタッと後退さった。
「見え透いた嘘を吐くなよっ。お前はいつだってシンドバッドのことしか考えてないだろ。俺に近付こうとするのもあいつを守る為に、弱みを握れないかと画策してだ。俺の為に手伝うんじゃねぇくせに、この偽善者が!」
 吠えるように喚き散らし、感情を爆発させる。癇癪玉が跳ねたような激昂に、さすがのジャーファルも微かに驚いた。
 なるほど、これはかなり情緒不安定に陥っているらしい。
「良く分かっているじゃないですか」
 クスリ、と無意識のうちに唇に笑みが灯る。
 薄闇の中でもわかるほどの顔色の悪さと脂汗、頬の紅潮。熱を帯びた吐息。この状態では神経を集中させなければいけない魔法など碌に使えないだろう。今のジュダルは取るに足らない、我儘な子供と変わらない。
「ジュダル」
 強めの声音を作って咎めるように名を呼べば、ピクンと少年の肩が震えた。
 払われた腕を再度持ち上げ、すっと彼の眼前へと差し出す。
「こっちに来るんです。私に話してごらんなさい」