二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【シンジャジュ】我儘な子供

INDEX|13ページ/14ページ|

次のページ前のページ
 



 それから四ヵ月後、煌帝国に外交訪問していたシンがシンドリアに無事の帰還を果たした。
 一通り宮中の様子を見てまわり、アラジンやアリババ達と会話を交わした後、ようやくシンは自室に戻り、ゆっくりと腰を落ち着けてくれた。タフな体力の持ち主だとは分かっていたけれど、長旅を終えたばかりの身体には疲労が溜まっている筈だ。ジャーファルは備え付けの水場で手際よく茶を淹れ、主人に振舞ってやった。
「シン。お疲れ様でした」
「ああ、悪いな」
 器を受け取ったシンは、まずは茶葉の香りを楽しみ、杯を傾けて一口啜っては頬を綻ばせる。長年の連れ添いから嗜好の好き嫌いは熟知していた。
「やはりお前の淹れてくれる茶が一番うまい」
「ありがとうございます」
 茶の味を褒められたジャーファルは、嬉しそうにふふ、と笑みを漏らした。
「煌の料理はお口に合いませんでした?」
「いや、茶も料理も美味かったが、やはり自国の慣れた味の方がいいな」
「そうでしょうね」
 寛いだ態度で伸びをしている主人から、身に付けていた装飾や剣などを受け取り、いつもの場所に収納する。既に陽は暮れているので、後は食事を取って休むだけだった。
「長期の不在で公務が溜まっていますから、明日からバリバリ働いて下さいね」
「うっ……」
 シン自身も分かっているとは思うが、念のために釘を刺しておく意味で告げると、もうじき三十路にもなろうという男はソファの上で拗ねたように口を尖らせた。それを見たジャーファルは、全く、いつまで経っても子供なんですからと呆れたように苦笑した。
「……シン、あの」
 長旅で疲れている主人に尋ねるのは憚られたが、どうしても気に懸かっている事柄があり、小さな声で呼びかける。ハキハキと弁論するいつものジャーファルらしからぬ態度に、シンドバッドはパチリと瞬きをした。
「何だ。お前が口篭るなんて珍しいな」
 煮え切らない様子を見せる部下にシンは横になっていた身体を起こして、此方に来いとばかりに手を伸ばす。するとジャーファルは迷うような仕草を見せたが、やがて躊躇いがちにそっと傍に寄っていった。差し出された手を取り、主人の前に佇むと、眉宇に憂いを浮かべて問い掛ける。
「ジュダルは、どうしていましたか?」
「ジュダル?」
 部下の口から飛び出した意外な名前に、シンは驚きを隠せなかった。
「あいつなら滞在中に一度だけ見掛けたが、特に話はしなかったぞ」
「そうですか……」
 ふっと目を伏せて表情を曇らせたジャーファルの様子に、シンは只ならぬ事態を察して瞳を細めた。
「何かあったのか?」
「…………」
 主人からの問い返しに、ジャーファルは四ヶ月前に起こった一連の記憶を脳裏に巡らせる。
 考えれば考えるほど、何も出来なかった己の不甲斐無さを悔しく思ったけれど、これはもう自分一人の問題として胸に留めておくべき事ではないとも痛感していた。
「はい。実は……」
 ジャーファルは重い口を開き、ジュダルとの間に起こった出来事を掻い摘んで説明した。
 煌国に向かって出発した直後、唐突に彼がシンの部屋の前に現れた事。その時はとても不安定で、いつもの彼らしくなかった事。不意を付いて眠らせた後、夢の内容を口走る彼がひどく苦しそうだった事。アラジンにも話を聞いて確認してみたが、どうやら彼はアルサーメンによって何らかの洗脳を受け、マギとしての力を利用されているのではないかという推測。
「そうか。あのジュダルが……」
 全てを話し終えると、シンはひどく神妙な顔付きになった。
 今まで何度も戦闘を交えてきた事のある因縁の相手だとは言え、彼も組織の被害者なのだとしたら、今後の戦い方も変わってくる。何かを考え込むような複雑な面持ちをしていたシンだったが、不意に頭を抱えて大きく溜め息を吐いた。
 主人の様子を訝しく思ったジャーファルは、シン? と声を掛けて肩に手を置こうとすると、それよりも早く腕を伸ばしてきたシンに腰を掴まれ、強引にソファの上まで引き寄せられる。
「ちょっ……!」
「ちくしょう。よりにもよってジュダルに持っていかれるとは」
 突然の抱擁に驚いて非難めいた悲鳴を上げれば、悔しそうに呟かれたシンにより強く背中を抱き竦められてしまった。
「え?」
 何を言い出すのだろうとポカンと瞠目しているジャーファルの耳元に唇を落としたシンは、秘め事を打ち明けるようにそっと息を吐いた。
「お前は、いつか俺から離れていくと思っていた」
「…………」
 主人から明かされた告白に、ジャーファルは一瞬返すべき言葉を失う。
 己の忠誠を疑われていた事もショックだったけれど、シン以外の相手を護りたいと思ってしまった自分がとても信じられなかった。十一年前に立てた誓いを自ら破る事になるなんて思ってもみなかった。
「貴方は生涯でたった一人の我が王です。それは何があっても変わりません」
「お前の信義を疑った事はないさ。十年前から、ただの一度もな」
 ふっと背中を抱く腕が弱まったかと思えば、頬に微苦笑を貼り付けたシンに柔らかく見下ろされる。背後に回っていた彼の腕が自分たちの間をゆっくりと割り込むように持ち上がった。
「だが、心はもう此処には無いのだろう?」
 シンの掌が、ジャーファルの官服の胸元に触れる。
 まだ自分でも上手く処理できていない心の扉を抉じ開けられようとしているように感じて、ジャーファルは微かな畏怖を覚えたが、いずれは自覚しなくてはいけない感情だった。
「……私は幼い頃に貴方に出会って、救われました」
 胸元に添えられたシンの手に自分のそれを重ねて、幼い頃から少しも褪せていない主人への感謝と敬愛の気持ちを再確認する。シンを大切に思う心が変わらずに此処にあるからこそ、過去の自分と少しだけ似ているジュダルを放っておけないと思った。
「今度は、私が救いたい」
 彼をただの我儘な子供に戻してあげたい。
 強い決意を閃かせてそう告げると、シンは硬い表情を浮かべていた頬にふっと頬に笑み宿した。
 胸に触れていた手をそっと持ち上げて、わしゃわしゃと無造作に頭を撫でてくる。子供の頃、よくやったぞジャーファル! と褒められるたびに同じ事をされたのを思い出した。クーフィーヤの上から掻き回されたものだから、布の中で髪が盛大に乱れてしまい、ジャーファルは咄嗟にうわ、と素っ頓狂な声を上げる。とても真剣な話をしていたのに、途中ではぐらかされたように感じて、ジャーファルは怒ったようにむくれて主を見上げた。
「何なんですか、もう」
「お前を子ども扱いできるのは、俺の特権だ」
「……たった4つしか違わないのに」
 十四の子供だった頃は十八の彼が途方も無く大きく見えたけれど、互いに二十歳を超えた今は年齢に大した意味は無いというのに、未だにこうして時折子ども扱いしてくるシンに釈然としない気持ちにある。
 けれど、シンを前にすると、胸の奥に湧き上がってくる温かくて満たされた充足の気持ち。
 何者にも変えがたいこの尊い気持ちを、自分はあの少年に伝えてやる事が出来るだろうか。
(いいえ。出来るかどうかでは無くて、やりたいんです)
 弱気に陥りかけた思考を、首を振って振り切り、新たな決心を腹の底に据える。