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【シンジャジュ】我儘な子供

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 ファナリスの強靭な脚力と耐久力に支えられていなければ、風に煽られて壁に激突していただろう。すみません、と後輩に一言詫びを告げたジャーファルは、すぐさま視線をさまよわせて室内を見渡した。
「ジュダル!」
「…………」
 目当ての人物は窓辺に立っていた。
 外の景色をよく見渡せる大きな窓には、光が差し込まぬようにと布を被せていた筈だが、先刻の風斬で吹っ飛んでしまったらしい。少年の肩越しには昇り続けている朝陽が見えるのに、ジュダルの全身からは早朝とは思えないような漆黒のルフが滲み出ていた。まるで彼の周囲だけ夜に逆戻りしてしまっらようだ。此方側に背を向けて佇んでいる彼に、ジャーファルは思わず駆け寄ろうとしたが、後ろ手に伸びてきたマスルールの腕に引き止められた。
「近付くのは危険っす」
「っ……!」
 冷静沈着に告げられて、ジャーファルはギッと唇を噛み締めた。
 マスルールの言う通りだ。黒ルフに包まれたジュダルは、先刻までの衰弱して眠りについている彼とは天地にも異なる変貌を遂げていた。下手に手を出したら返り討ちにされるのは確実に此方だった。少し考えれば分かる事なのに、今は正論を唱えるマスルールに恨みがましい気持ちで一杯になる。
 近くに行く事が出来ないのならと、ジャーファルは漆黒のルフを纏っている背中に向かって口を開いた。
「待ってください、ジュダル!」
 今にも飛翔せんとばかりの彼を引き留めたくて名を叫べば、一度だけジュダルは肩越しに振り返った。
 ふっと唇が吊り上がる。子供じみた悪戯な笑みに、しかし瞳だけは一切笑っていない。腕の中で一人にするなと囁いた時と同じ哀切の瞳をしているのに胸をつかれた。
「時間切れ、だぜ」
 軽い調子でくるりと振り向いて、ジュダルはおどけたように肩を竦めた。先刻のように不安定な様子も、意識の混濁している風采も無く、傲岸不遜で奔放な振る舞いをするいつものジュダルに戻っているようだった。それが黒いルフの作用なのだと知っても、止めるだけの術は無い。
「無断で遠出してるのがバレちまった。そろそろ帰らねぇとな」
 クツクツと喉を鳴らして笑い、呆然と見上げている事しかできないジャーファルを愉快そうに見下ろしている。
「俺はさ、黒く染められたマギなんだってな。よく知んねーけど」
 自らを指差しながら、ジュダルは何でも無いことのように言い放った。己の処遇に興味を持たないようにと黙示されているのか、それを疑問にも思っていないような口振りだった。
「だから、白は嫌いなんだ」
 おもむろに腕を持ち上げて、ジュダルは緩慢な仕草でジャーファルを指差す。
 光に梳けると透明さを帯びる白銀の髪、陽に焼けない体質の白い肌、白い生地が基調となった官服。闇の中に身を置いても尚、はっきりと認識することのできる純白の光。
 居心地の良い闇の中において、それは不快で目障りなだけの存在であるべきなのに、怖い夢を見た後に傍にあった純白は、やけにジュダルの心を騒がせるものだった。原因不明の衝動に苛立ちを覚える。
「……お前は、真っ白だから、大っ嫌いだぜ」


 ――バイバイ。


 唇だけで象られた囁き。
 全てを見届ける前にジュダルの全身は闇に染まり、出窓に乗った裸足の爪先がトンッ、と浮き上がった。まるで背中から漆黒の翼を生やしたように飛び立ったジュダルは、外に呼び寄せておいたらしい絨毯にふわりと乗り移る。
 マスルールの腕を振り切ってジャーファルが窓辺に駆け寄ったときには、もう漆黒の背中は何処にも見えなくなっていた。窓の外には、ただ清らかに澄んだ早朝の空があるだけだった。
 ジャーファルの胸に紅く滲んだ二つの双眸を残して、少年は忽然と姿を消してしまった。