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血ノ涙

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「我が右手に宿りし“雷の紋章”よ、その力を示せ……」
 鋭い風が吹いて、銀の髪が揺れる。形のいい唇から、音色のような声が囁かれる。神に愛された美貌は、右手に宿る紋章の光によって輝く。ジーンの一挙手一投足が戦いの最中でも人々の視線を釘付けにした。テレーズもまた、ジーンのいる部隊の将でありながら目を奪われていた。
「なんと美しい」
「テレーズ様」
 シンの声が届き、テレーズは現実を思い出す。その間にもジーンは紋章を発動させている。やがて平原の広い空は、曇天をはらんだ。

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 ナナミは震えていた。ゲンカクから兵学を学んでいなかったが、それでも、ルカ・ブライト率いる白狼軍の比類なき強さは全身で理解できた。何万と連なる白い部隊はまるで獣のように蠢き、次々と新同盟軍を飲み込んでいく。背筋が戦慄き、両手で体を押さえても収まらない。がちがちと奥歯がかみ合わないのが、まるで他人の音のように聞えた。
「リ、リオウ? リオウは?」
 歩兵で構成された親衛隊、つまり本体にあたる部隊にナナミも参加していた。大将を表す赤い旗の下、いるはずのリオウの姿が見えない。
「どこにいるの?! リオウ! リオウーっ!!」
 ナナミは叫んだ。

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 キバは唇を噛んだ。殿軍はキバ自ら行っているが、ルカの猛攻は目を見張るものだった。合図と共に予め埋伏させておいた騎馬隊が見事な逆落としをかけるが、ルカは隊を分けることで鮮やかに交わし、しつこくこちらの後を追いかけてくる。まさに獣に睨まれたような心地だった。狂皇子と呼ばれながら、戦の天才であることは間違いなかった。キバは自ら馬の足を緩め、先頭を走る敵をひきつける。挑発にのってきた一頭と並走する。
「この裏切りもの!!」
 敵の叫び声と共に槍が飛んでくる。すんででかわし、キバは剣を抜いた。さらに叫んで槍を繰り出す敵は、よく見ればまだ青年だった。鎧ばかり立派だが、必死の形相だった。
「若造が!」
 剣をふるうと、簡単に首が飛ぶ。敵の馬はまだ走り続けたままだった。キバは馬をさらに走らせる。やがて距離があいた。
 裏切りもの。圧し掛かる訳ではないが、耳には残っていた。

作品名:血ノ涙 作家名:深川千華