初日の出の色は変わる
年が暮れるのも明けるのも、なんでもないただの一日の間に起こることだ。それは誕生日と同じで、特定の人間にしか影響を及ぼさない。
ただこの場合その特定の人間というのがハンパなく多いってだけで、自分がどんなに少数派だったとしてもとにかく、少なくとも今の俺には何の意味も持たない。
去年の大晦日の自分を振り返ってみる。30日に忘年会で前後不覚になるほど酒を飲んで盛り上がって、数日間の休業に入ったところだった。どうせ事務所の他の連中はパチンコだとか家で寝たり適当に過ごしたんだろう。そういえば豪田さんは実家で親孝行とか言っていたかもしれない。
そうだ俺はといえば、たしか行くあてもないし家はつまんねえしでとりあえず事務所に向かったんだ。そしてそこに、半ば住みついているといっても過言じゃなかった社長が居た。
「お前本当ここ来るしかねーのな」
馬鹿のひとつ覚えみたいに。 そう笑って言う社長に腹は立つけど口では確実に勝てないし実際割とその通りだった。
社長だってそんなに頭いいわけじゃない(筈だ)と思うのに、俺はいつでも言いくるめられるし言葉で勝てたこともない。それも全部、「文字通り」の俺の家畜並みの馬鹿さが原因だとか何とか。(ちくしょう)
それでも俺は事務所に足を運ぶのが嫌ではなかったし自主的に仕事を休んだこともなかった。社長が嫌いではなかったし、社長が笑うのも嫌ではなかった(笑われることには腹立ったが)。
そこしか行くあてがないということは裏を返せばそこには行くあてがあるということだから、俺に居場所を与えてくれた社長には、感謝していた。こんなこと絶対口に出さないと誓って、結局口に出さないままあの人は死んでしまったけれど、俺の感情なんてあの人には筒抜けだった気もする。こんなガタイのいい男相手に、お前ホントかわいい奴だなとか気ィ狂った発言で甘やかしてくれる位だったから。
そんな余裕の顔で俺は何だかんだ甘やかされていて、死線だって越えたつもりでいてもしかすると本当は全部社長が守ってくれてたんじゃないかとか今になって時々思う。
危ないと言われている仕事だって全く怖くなかった。社長が俺を生かしてくれていたから、あの場所で。
多分、あそこで一生働いていくはずだった。それはもう、過去のことだけれど。
「今年ももう終わりだな」
「来年はちったあ使えるようになれよ吾代」
「好き放題こき使っといてよくいうぜ」
「それはデスクワークで使えねえ分だろ」
「………チッ」
社長は相変わらず笑っていて、そういえば社長がキレたところなんて見たことないかもしれないと思い当たる。なんだ、やっぱり結構よくできた人だったのかもしれない。馬鹿だ馬鹿だと言われるだけあって俺はまったくその通りのバカで、ただいつも社長の意図をはかりそこねて流されていたようだった。
「どうする、一発ヤって年納めとくか?」
「ハァ!?昼間っから何言ってんだ頭おかしーんじゃねーの!」
「お前にそんなこと言われるとは心外だな」
「…、オイ、」
そのままソファにもつれ込んで、更にいつの間にか寝ちまって、目が覚めたのは年が明けてからのことで辺りは薄暗くて寒かった。ような気がした。
「起きたか」
「…しゃちょ」
上から覗き込んできた社長と目が合って、呼んだら何だか舌足らずになってしまい胸の内で舌打ちをした。社長はもう新年だぜと言って、寝る子は育つっつーけど、と続けて笑った。余計なお世話だ。
ムードねえなあなんて、ムードなんか気にする人種でもないくせに。
「日の出でも拝みに行くか」
誘われるままにコートを羽織って、屋上に上がればちょうど太陽の天辺がビルの間から見え始めているところだった。社長がその光に細い目を更に細める。俺はふと思い当たって口を開いた。
「…なんか去年もこんなことあった気がすんぞ」
「へえ、トリ頭でも覚えてるモンは覚えてんだな」
結局俺の行動範囲とパターンは決まりきっていて、どうせ来年も同じようなことになるんだろうと思ったんだった。
今思えばそれは、なんてぜいたくな。
ただこの場合その特定の人間というのがハンパなく多いってだけで、自分がどんなに少数派だったとしてもとにかく、少なくとも今の俺には何の意味も持たない。
去年の大晦日の自分を振り返ってみる。30日に忘年会で前後不覚になるほど酒を飲んで盛り上がって、数日間の休業に入ったところだった。どうせ事務所の他の連中はパチンコだとか家で寝たり適当に過ごしたんだろう。そういえば豪田さんは実家で親孝行とか言っていたかもしれない。
そうだ俺はといえば、たしか行くあてもないし家はつまんねえしでとりあえず事務所に向かったんだ。そしてそこに、半ば住みついているといっても過言じゃなかった社長が居た。
「お前本当ここ来るしかねーのな」
馬鹿のひとつ覚えみたいに。 そう笑って言う社長に腹は立つけど口では確実に勝てないし実際割とその通りだった。
社長だってそんなに頭いいわけじゃない(筈だ)と思うのに、俺はいつでも言いくるめられるし言葉で勝てたこともない。それも全部、「文字通り」の俺の家畜並みの馬鹿さが原因だとか何とか。(ちくしょう)
それでも俺は事務所に足を運ぶのが嫌ではなかったし自主的に仕事を休んだこともなかった。社長が嫌いではなかったし、社長が笑うのも嫌ではなかった(笑われることには腹立ったが)。
そこしか行くあてがないということは裏を返せばそこには行くあてがあるということだから、俺に居場所を与えてくれた社長には、感謝していた。こんなこと絶対口に出さないと誓って、結局口に出さないままあの人は死んでしまったけれど、俺の感情なんてあの人には筒抜けだった気もする。こんなガタイのいい男相手に、お前ホントかわいい奴だなとか気ィ狂った発言で甘やかしてくれる位だったから。
そんな余裕の顔で俺は何だかんだ甘やかされていて、死線だって越えたつもりでいてもしかすると本当は全部社長が守ってくれてたんじゃないかとか今になって時々思う。
危ないと言われている仕事だって全く怖くなかった。社長が俺を生かしてくれていたから、あの場所で。
多分、あそこで一生働いていくはずだった。それはもう、過去のことだけれど。
「今年ももう終わりだな」
「来年はちったあ使えるようになれよ吾代」
「好き放題こき使っといてよくいうぜ」
「それはデスクワークで使えねえ分だろ」
「………チッ」
社長は相変わらず笑っていて、そういえば社長がキレたところなんて見たことないかもしれないと思い当たる。なんだ、やっぱり結構よくできた人だったのかもしれない。馬鹿だ馬鹿だと言われるだけあって俺はまったくその通りのバカで、ただいつも社長の意図をはかりそこねて流されていたようだった。
「どうする、一発ヤって年納めとくか?」
「ハァ!?昼間っから何言ってんだ頭おかしーんじゃねーの!」
「お前にそんなこと言われるとは心外だな」
「…、オイ、」
そのままソファにもつれ込んで、更にいつの間にか寝ちまって、目が覚めたのは年が明けてからのことで辺りは薄暗くて寒かった。ような気がした。
「起きたか」
「…しゃちょ」
上から覗き込んできた社長と目が合って、呼んだら何だか舌足らずになってしまい胸の内で舌打ちをした。社長はもう新年だぜと言って、寝る子は育つっつーけど、と続けて笑った。余計なお世話だ。
ムードねえなあなんて、ムードなんか気にする人種でもないくせに。
「日の出でも拝みに行くか」
誘われるままにコートを羽織って、屋上に上がればちょうど太陽の天辺がビルの間から見え始めているところだった。社長がその光に細い目を更に細める。俺はふと思い当たって口を開いた。
「…なんか去年もこんなことあった気がすんぞ」
「へえ、トリ頭でも覚えてるモンは覚えてんだな」
結局俺の行動範囲とパターンは決まりきっていて、どうせ来年も同じようなことになるんだろうと思ったんだった。
今思えばそれは、なんてぜいたくな。
作品名:初日の出の色は変わる 作家名:かさい