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理不尽な紳士

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心此処にあらず、というわけではなかったし、気がついたら足が向いていたというわけでもない。ガイははっきりした意思を持って、町外れのアッシュが宿泊している部屋を訪ねていた。いや、ノックどころか音を立てないよう細心の注意を払って、鍵開けをして忍び込んだのだ。訪ねるという表現は相応しくない。昼間、町中で彼の姿を見つけ、後をつけて宿泊先を調べておいた。仲間の誰にもそのことは告げていない。とうてい訪問客のすることではない。
復讐に役立ちそうな技巧はすべて身に付けていた。その気になれば足跡も気配も消せる。まったく陰鬱な過去ばかりを持っている。
カーテンが引かれていない室内は明るかった。ガイは自分の足下から伸びている影を見つめる。後ろ手で慎重に施錠をする。明るさに錯覚しそうになるが、深夜だ。アッシュはベッドの上で、意外なことにうつ伏せで寝ている。本気で疲労している時、ルークもそうやって寝ることを知っている。共通点だとしたら、アッシュは酷く疲れているのだろう。
ガイは観察をやめない。アッシュはいつもの服装だった。寝づらいだろうが、警戒の証だ。“アッシュは信用できない”たびたび起こる不信感がふわりと胸に沸く。そういう感覚は唐突で、ガイは自分のそんな感情を制御できない。
肩は規則的に上下している。寝入っているのは間違いがない。前髪が降りているので、ますますルークと見分けがつかない。
ガイはふっと、体から力を抜いた。寝付けない夜に、眠ることを諦めることは間々ある。しかし、誰かの部屋に忍び込もうと考えたことはなかった。今夜までは。
はっきりアッシュの部屋に行こうと決めてベッドを抜け出した。けして夢遊病の類ではない。意識は明瞭だ。むしろ澄み切っている。しかし、何故アッシュの部屋へ、なのかは不明だった。自分が何をしたいのかよくわからない。
ふいに、ベッドの傍へ寄ってみたくなった。アッシュの寝顔はルークとまったく同じなのか確かめてみたくなった。六神将の枕元に立って、気付かれたら斬られるのではないか。そんな危惧もあった。が、ガイの足に迷いはない。感情が麻痺して、行動だけが明確で、自分が自分でないようでひたすらに気持ちが悪い。
近づいてみたところで、何も劇的なことは起きなかった。アッシュとルークの最大の違いは瞳の老成さだとガイは思っている。ルークの瞳はまだ幼い。その瞳が閉じられているのだ。起きている時よりも似ているのは当たり前に思えた。アッシュの額にかかっている前髪を、撫で上げる。親の愛撫みたいだった。
「ッ」
起きるだろうと思ってしたことだったが、アッシュの翠の瞳が開いた瞬間にガイは固まってしまった。言い訳は用意していない。アッシュはがばりと起き上がり、ベッドサイドの剣を構えようとして、そして静止した。
「……ガイ、な、…なんだ……」
なんの用だ。敵襲か?アッシュはいっそ憐れなくらいに狼狽している。ガイは首を振った。そして、急激に胸中が冷えていく感覚に襲われた。ガイの姿を認めたアッシュの瞳に、一瞬の畏怖が浮かんだのを見逃さなかったからだ。
アッシュを見ていると陰惨な気分になる。ルークと過ごす日々に溶かされた鋭利な復讐心を掻き立てられる。けれど、不思議と見ていたくなるのだ。
「……なあアッシュ。お前って俺のことが怖いのか?」
かがんで、じっとアッシュの瞳を覗き込む。
「そんなわけないに……」
「決まってるよな?」
ガイは、アッシュの逃げ道を丹念に潰していく。笑顔を打算的に見せて、アッシュの安堵を誘う。
「ガキのころ、一緒に寝たことがあったよな?」
「……」
ぎしりと、ベッドが軋んだのはガイがシーツに手を突いて、半ば強引に乗り上げたからだ。
アッシュは子供時代、辛い実験に晒されても一切弱音をはかなかった。帝王学を素直に飲み込む気高い少年だった。
しかし、今は怖気を見せている。ガイの体の影がアッシュを飲み込む。その闇を恐れているようだった。
「覚えてねえ……」
「嘘だな」
嘘をつく時に目を逸らす癖も変わっていない。幼いころから高尚な文学や歴史書ばかり読まされていた彼に、一度だけ気まぐれに寝物語を披露したことが会った。アッシュが七歳の頃だったと思う。彼は露骨に目を輝かせ、寝入るまでずっとその話をねだった。その夜何度同じ話をしても真剣に聞いてくれるアッシュを、意外に子供らしいところがあるのだと微笑ましく思った記憶。
「ガイ……」
逸らされた翠が頼りなげに揺れている。アッシュはガイの前では心臓をぎゅっと握られているかのようにしおらしくなる。そこに優越感と苛立ちが同じ分量だけ沸き起こるのだ。ガイは完全にベッドの上に乗り上げ、壁に手をついた。
深夜に勝手に上がりこまれ、起こされ、こうして壁と自分との間に押し込まれているアッシュはひどく可哀想で、だからこそなのか可愛らしく感じた。責める立場であるはずなのに、ガイの意図を懸命に推し量ろうとする健気さがある。
「こんな時間に、何の用だ?」
至極まっとうな問いに、ガイは当然ながら返答に窮する。しかし、何故だかまったく慌てる気にはなれない。むしろ、薄く笑いかけた。答える代わりのように体から力を抜く。ますます壁についていた掌に重心がかかり、肘が曲がった。
「ッ、が、い」
後には物理的に当たり前な結果だけが残される。まずは鼻先が当たり、次は唇が触れ合った。影はもう完全に同化している。アッシュは微動だもせず、ただぎゅっと目を閉じただけだった。冷たい皮膚の感触がやっと感じられるくらいのかすかなものでも、アッシュにとっては物凄い衝撃だとでもいうように、固く瞼を閉じて体中に力を入れている。ガイは苦笑した。そして、溜飲が下がったとでもいうべきか、どこか満足感が体中に広がっていくのを感じていた。まさか、自分はこうしたかったのか?これが目的だったのか?自問したところで答えは出ない。
「……寝惚けるのもいいかげんにしろ」
顔を離して数十秒後に、やっとアッシュは虚勢を張ることを思い出したようだった。両手を前に出してガイを押し返そうとしている。本気を出せば払いのけるくらいわけがないだろうに。ガイはまた笑いたくなった。
「いや、さすがに寝惚けてここまではこないな」
「……だったら、だったら何だっていうんだッ」
混乱した時のアッシュ特有のヒステリックさが声音に混ざる。パニックを起こしても無理のない状況だとは冷静に理解できるが、騒がれるのは困る。
「悪ふざけもいい加減にッ」
アッシュの肩が上がるのを防ぐように抱きしめる。寝ていたからか体温が高い。案の定、彼はスイッチを押されたように静かになる。ただきっと、吐き出し損ねた感情は彼の胸中をずっと渦巻くことになるのだろう。ルークを相手にしている時のように、全力で憤りをぶつかることが、アッシュにはできないのだ。ガイに対しては。
「わるい。昼間見かけた時から気になってたんだ」
気がついたら向かっていた。ガイは正直に告げて、体を離す。
「起こして悪かったな」
謝罪はその一点だけにした。同意なんて求めなかったが、一切拒まれもしなかった接触は罪に数えないことにした。
作品名:理不尽な紳士 作家名:まつやま