彗クロ 3
3-5
「フーン。行方不明の友だちを捜す旅かあ」
強烈な日射を遮る防塵ケープの下で、フローリアンは感心しきりといった声をあげた。昼下がりの、十分に熱せられたフライパンのような暑さにも平然とした横顔が、微妙に癇に障る。
「スッゴい行動力。ちょっとびっくし」
「そうか?」
「だってしないよ、フツー。ご近所界隈探し回るのとはわけが違うじゃん。自警団とか教会に届け出たり、人を雇って捜させたりってくらいなら、家族ならあるんだろうけど」
「……他人任せかよ。ノンキなこったな、オリジナルどもは」
「んー。でもまあ、しょうがないかなーとは思うけど。長いコト家や仕事を空けると、社会的生活ってやつに支障をきたして、帰ってきたころには居場所なくなってる可能性高いし。国をまたいで人捜しなんて、よっぽど普段から暇人じゃないと難しいよね」
「あーあーどーせおれは暇人だよ。つか、そういう時は周りがフォローして気持ちよく送り出してやりゃいんじゃねえの?」
「そこはほら、いちいち生活変えるのメンドーだし。一人のワガママでしわ寄せ食うのはゴメンなんでしょ。みんな自分第一だから」
「それそれ。そーゆーわかりやすいのがいいよな、ごちゃごちゃ理屈こねたって所詮そんなもんだって」
「まあねー。自分たちは安全なとこで心配してるだけってのは事実だしねー」
「役人になんか任せとけるかっつーの。お前だって、ダチがいなくなったら捜しに出るだろ?」
「あ、ごめん、ボク、ともだちいないからよくわかんない」
「……ああそう」
「そーだなー……ともだちじゃなくても、アニスがいなくなったら心配……は心配だけど、アニスのばあい心配するだけムダっぽいからなー。オリバーとパメラだったら、うん、絶対捜さないな。そのほうが平和だし」
「いいのかそれで……」
「このヒトがいなくなったら寂しいけど、実はいなくてもあんま問題ない、ってことはフツーにあるよ。てゆか、わりとそんなんばっか?」
「へ、へえ〜……」
十七歳男子べからざる可愛らしい見た目と、飄々とスレまくった中身とのギャップが、実にえげつない。
レグルを上回る毒舌っぷりに気圧されることもしばしばだが、フローリアンとの会話は、砂漠のど真ん中、ザオオオスナトカゲの背中の上でも不思議と弾んだ。アゲイトには「この暑いのによく喋る気力が続くもんだね」と苦笑されたほどである。
日時は同日、ディンの店で準備を終えて小一時といったところだ。一行は、旅の連れになぜかレプリカを一名ばかり追加して、すでに砂上の旅人となっていた。当座の目的地は、砂漠の中継地であるオアシスである。
かつてに比べて交通が整備されたといっても、まさか一面に広がる砂地に平らな道路が敷設されたわけではない。日中の灼熱、深夜の極寒、気まぐれに吹き荒れる砂嵐、魔物や野党の襲撃と、人が砂漠に手を加えるには越えねばならないハードルが高すぎる。
海を制するには船がなければ話にならない。急場の解決策として必要だったのは、砂の海を人間の都合に合わせて整備するのではなく、過酷な環境に適応できる乗り物を用意することだった。
商業ルートとしては衰退していたザオ砂漠も、現地民にとっては生活の場だ。彼らは古くから、砂漠の在来種である魔物を飼い慣らし、交通の足とする習慣を細々と続けていた。
ケセドニアの商人たちはこれに倣い、魔物の繁殖・飼育の規模を拡充し、レンタル業として確立することで、とりあえずの交通問題をクリアした。物資の運搬に適した種の魔物は需要が高く価格が高騰しがちで、確実性も安全面もまだまだ海上交通には及ばないが、背に腹は変えられぬ一般庶民たちの意地と根性が、古き民の道なき道を復活させ、音素文明後退時代をしたたかに乗り切ろうとしているのである。
今回レンタルしてきたザオオオスナトカゲは、現状最も安価な乗り物だ。首と後ろ足が長く、上背は大人の背丈を軽く上回る。胴体は短く丸っこくて、全体のフォルムは鳥類のそれに近い。腰が高く尾が短いため、人を乗せるのに適している。身のこなしが素早く、瞬発力に優れる一方、単騎では積載できる重量がかなり限られ、持久力にもいささか不安が残る。尻に当たる爬虫類特有の鱗の硬さに、長い足で跳ねるように歩く振動も合わさって、快適とはとても言えない乗り心地だ。
「それにしても、フローリアン、僕らについてきちゃって本当によかったのかい?」
レグルの真後ろで、フローリアンを軽く上回る涼やかな問いかけが投げられた。
ザオオオスナトカゲは最大二人乗り。レグルはアゲイトとタンデムを組まされているのだ。手綱と男(ヤロー)の両膝の間にサンドイッチされるという、非常に屈辱的な配置である。隣を併走するもう一騎は、同様にルークとフローリアンのタンデムだ。
レグルは当初、当然のことながら、断固としてルークとの二人乗りを希望した。が、さすがに年齢と体格の壁は高かった。
足が、鐙(あぶみ)に届かなかったのだ。
……近年最大の痛恨の一撃である。なにせアゲイトはともかく、あのフローリアンでさえ自力で楽々と乗り降りできるものを。この敗北感たるや、なにやら筆舌に尽くしがたい。
「ついてきたらマズかったー?」
初体験だというわりには器用に手綱を操りながら、フローリアンが呑気に返した。
この男、ディンのお遣いとして一行をレンタル業者のもとへ案内したその足で、身一つで引っ付いてきたのである。店で渡された砂漠越え用の荷の中にちゃっかり自分の私物まで紛れ込ませていたあたり、行き当たりばったりの気まぐれと読み取るには少々用意周到すぎるが、しかし雇い主の了解を得ていないのは明らかだ。つまるところ逐電である。これにて、最低でも前科二犯が確定。
「だあって、ディンディンとこでいっくら働いたって小銭も貯まらないんだもーん。ちょうど新しいパトロン探してたんだよねー♪ おにーさん、経済力ありそうだしぃ」
にひひ。アゲイトを見る目が据わり気味にきらりと光った。守銭奴の目だ。
「タカる気まんまんだコイツ……」
「うーん、ちょっと足元を見られた感は否めないなぁ」
人の好い薬売りも、フローリアンの奔放な強引さには苦笑気味だ。
あまり社会的体面が良いとは言えない旅路に、この期に及んで同行者が増えることを容認せざるを得なかったのは、リスクを押してもメリットが大きかったからに他ならない。
つまるところ、レンタル業者が「ザオオオスナトカゲの三人乗りお断り」と貸し渋ったためである。レグルとルークの体格ならば無理して詰めれば出来ないこともないだけに、目端の利く商人たちは真っ先に釘を刺してきたわけだ。三人も乗せれば『馬』の足を痛める、砂漠越えは甘くない、子供連れならなおさらだ、云々。商品の上位互換を目論むあきんど根性と、現地人としての真っ当な良心とが正々堂々手を組んでの忠告だっただけに、軽々しく撥ね退けるわけにもいかなかった。素直に乗り物のグレードを上げるか、現地ガイドを雇って二頭で併走するか。どちらをとっても痛し痒しだ。