彗クロ 3
そこで助け舟という名の横槍を入れてきたのがフローリアンだったのだ。曰く、三人を四人に増やして相乗りということにしてしまえばいい、そのほうが誰かを雇ったり高い乗り物を借りるよりは安くつく、と。
当初は魅力的な提案に思えたし、実際、現在形で非常に助かってはいる。が、蓋を開けてみれば、フローリアンはほぼ文無しに近い状態だったのだ。持参の食料や携帯品が尽きれば、確実にアゲイトの懐を当てにしてくるに違いない。ちょっとした詐欺である。安物買いの銭失いとはよく言ったものだ。
レグルがジト目で斜睨みにしてやると、フローリアンはやたら芝居がかった仕種で、いやん、と胸を押さえた。目元は悪ガキらしく笑っている。……誰だコイツにこんな芸当仕込んだヤツは。
「そんな目で見ないでぇーグルぴょーん」
「グルぴょんいうなっ」
「いーじゃんいーじゃん、レグルたちだっておにーさんに養われてるんでしょー? ひとり増えたっておんなじおんなじぃ」
「……あつかましいって言葉知ってかてめー」
「あーっあーっ聞こえなーい」
「こいつマジうぜぇ……」
「ウザくてもいーもーん。ついてくもーん。それにボク、こう見えて、実は結構強いんだよ? 下手な護衛より戦力になることウケアイ! 期待してくれていーんだからね☆」
「うっわ、ここにきて大ボラ吹きやがった!」
「ウソじゃないってばぁー! 何を隠そう、ボクの被験者ね、世界有数の第七譜術士だったのでーす!」
「ほー。んじゃあオマエも譜術が使えるわけか?」
「ううん、全然?」
「案の定だボケ!! 自分の劣化具合をどーどーと自慢すんな!!」
複製品であるレプリカは、大本となったオリジナルに比べると、どこかしらが必ず劣化した状態で生まれる。髪や目の色素であったり、才能や能力であったり、体力や健康状態であったり――その全部であったり。それこそ被験者にろくでもない優越意識を抱かせる最たる要因だろうと、レグルは思う。
レグルとて、この三年、オリジナルへの劣等意識と無縁ではいられなかった。オリジナルの街とレプリカの自治区を行き来していれば、自ずと自覚せずにはいられない感情だ。どちらの生き方が魅力的に見えるか、答えはとっくに出ている。「比べる」ということをせずに済む自治区の連中がいっそうらやましいと、妙なパラドックスを抱えるハメになったものだ。
それでも、コンプレックスと呼べるほど根深い感情ではなかったのだ。絶対的な比較対象としての他者――己自身の被験者と遭遇するまでは。
……レグルはもう、あの色鮮やかな深紅を知ってしまった。脳裏にその色を思い出すたびに眩暈がするし、自分があんなものの劣化品かと思うと、吐き気がして死にたくなる。
そう思えば、被験者のことをなんの屈託もなく口に出せてしまうフローリアンは、ある意味、本当に「強い」のかもしれない。
「劣化してたって強いもーん!」
……本質はともかく、実態はこの有り様だが。
「旅はミチヅレ世はナサケってゆーじゃん、人数は多いほうが楽しいよー」
「サトオヤの心配もしねーヤツがムシのいいセリフだなオイ」
「レグル、アタマかたーい。そんなに物事がんじがらめに考えてると、将来ハゲるよ?」
「やめろ! なんかシャレになんねー気がする……っ!」
「アッハハハハー。ハーゲ、ハーゲ」
「てめぇ今すぐ『馬』降りろッ!!」
「やーだよん♪」
「……ぷっ」
ぎゃいのぎゃいのとやかましい応酬の合間に、奇跡みたいに透明な失笑が落とされた。フローリアンの膝の前。
ルークが、小さく身体を折って肩を震わせているのを、レグルは息を呑んで凝視してしまった。ふ、ふふふ。こらえきれない呼気が、確かに、寡黙な唇から漏れ出している。
「――ルっ……………………ルぅ〜ク〜?」
「わり――ごっ、ごめん。別に『ハゲ』に笑ったわけじゃね……なくて」
つっかえつっかえ、微妙に余計なフォローを入れつつ、ルークは面を上げる。
曇りのない、大人びた笑顔だった。
「仲、いいな、お前ら」
……とんでもない誤解のうえ、ルークに見えない角度でしたり笑顔のVサインを送ってくるフローリアンが果てしなくうざったかったが、レグルは視線を逆側に流して、ちぇっ、と吐き捨てるだけにとどめた。
ルークが、初めて声を上げて笑ったのだ。これでまた、招かれざる野次馬を追い出す理由がなくなってしまったではないか。