ちむろく
忘れればいいんじゃないの、音楽を。ロックを。
冗談、それを忘れて肥え太るぐらいなら死んだ方がマシだろ。
それならやっぱり、ロックは人を殺すよ?
ロックは人を殺さないよ。胸に熱情を残すけど。
じゃあ、ヤツらは何で死んだの?
本当のロックじゃなかったから?
本当のロックって何よ?
自分の中にある音に突き動かされ続けることじゃないのか?
それって、あの人のこと?
あの人?
あの人。
ああ、そう、あの人。
あの人に説明は不可能で、あの人を説明することも不可能。
己の本能にまかせて音楽を奏でる、あの人。
ジャガーさん。
すげえなあ、ロックだ、あの人。
音楽を志すものの究極のひとつの形。思考も思想もなく、ただ彼の中には音楽がある。
どうりで会話が成り立たないはずだよなあ。
不思議な笑いが、腹の底からこみ上げてきた。僕は堪えきれずクスクスと笑い出す。すごいなあ、ジャガーさん。誰よりもロックなあの人。そしてそんな選ばれた人が選んだ楽器が『笛』。
けどさあ、笛はかっこよくないだろう。むしろ。
笑いは至って、僕の脳を空っぽにしてゆく。白くくらんだ脳に、笛を取るジャガーさんの笑顔が浮かんだ。
ああ、きっと僕はかないません、ジャガーさん、あなたには。
解放に至り、空白の脳に焼き付けられたジャガーさんの姿はあんまり強烈で僕の胸をあっという間にしめる。
どうする、僕。 ジャガーさんをカッコイイって確定で思っちゃったよ?
ずるりの音にドキドキしたのと同じだよ?
笑いは止まらずどんどん大きくなる。僕は腹を抱えて転がった。
むしろこのドキドキは恋かもよ?
恋じゃなくて、ぁぃと言うなの憎悪?
腹が痛い。涙が薄く目に溢れる。ヒー。
涙を抑えた手の隙間から、ドアのを薄く開けておどおどと部屋の中の様子を見るジャガーさんが見えた。きっと僕の様子がオカシイから、少々ビビっているんだろう。
かわいいなあ、もう。
フッとそんなことを感じて、僕はぎょっとした。何だ今の笑えない感想は。ありえん。二つ三つ首を横にふるう。何となく気恥ずかしくて、ジャガーさんの方を見れなくて、顔を背けるような姿勢をとってしまう。
ああ、きっとジャガーさんは今、ひどく寂しそうな表情をしていることだろう。捨てられた子犬のように。
「……入ってきていいですよ」
なんとなしに染まる頬に、ジャガーさんの方を見ずに言う。なんで僕こんな照れてるの。バカみたい。
ふん、とジャガーさんの方を見ると、ジャガーさんは表情をぱあっと笑顔に変えて、出ていったときと同じように、部屋の中へ駆け込んできた。
僕は、そんなジャガーさんの表情を見つめながら、ああ、こんな風に音楽も自然に手懐けられたらいいのにな、と思った。