零時前のヒール
プロローグとダイジェスト
――郊外、某空港にて。
「……では、パスポートと搭乗券を拝見します」
「ええ、どうぞ」
きっちりと制服を着た入国管理官に紺色の背景に金の菊の印が入った手帳と長細い紙を手渡し、東洋人とみられる男性は少し微笑んだ。
管理官はそれにつられたように少し笑って、パスポートを開いて確認をしながら彼に語り掛ける。
「有難うございます。……ではいくつか質問をしますがよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「まず、滞在目的は?」
「観光と、仕事と、……あと、知人に会いに」
一瞬何かを懐かしむかのように男性の赤みがかった目が細められるのを見ていないふりをして、管理官は淡々と仕事を進めた。
「ここにはどのくらい滞在する予定ですか?」
「そうですね……。予定では三週間ですが、場合によっては前後することもあるかもしれません」
「その間どちらにお泊りに?」
「さっきいった知人の家に泊まる予定ですが、流石に毎日邪魔するのは迷惑でしょうしね。向こうの都合が悪いときにはホテルに泊まろうと思っています」
「なるほど、有難うございました」
先程のぼんやりとした空気はどこへやら、ハキハキと答える男性に管理官は頷いて、パスポートにポンと判子を押して搭乗券と一緒に彼に差しだした。
「これで入国審査は終わりです。パスポートと搭乗券をお返しします」
「どうも」
パスポートらを受け取った男性が左手にもっていた黒いボストンバックを担ぎなおす。
そして彼の国の文化が染みついているのであろう、"ここ"ではあまり通じないにもかかわらず小さく会釈をした彼に、慣れているのか管理官は笑顔で応えた。
「よい旅を、ミスター。そして、」
「シュテルンビルトへ、ようこそ――」