零時前のヒール
――同日夜、シュテルンビルトのゴールドコーストにある某ホテル、パーティー会場にて。
シュテルンビルトのヒーローのスーパールーキー、バーナビー・ブルックスjrは正装を着つつも複雑な表情をしてグラスを傾けていた。
バーナビーは仕事ならば完璧に、スマートにこなしたいのだが今回は少し違う。自分が勤める会社の社長であり養い親でもあるマーベリックに「社長として」「ヒーローの」バーナビーにこのパーティーに出席してほしいと「頼まれ」たのだ。
社長としての命じられたのならば不満一つ見せずに従うが、今回の件に関しては多少私事での二人の関係を入れての「頼み」であったように思う。そのことになんとなく不服を感じながらもバーナビーは自身の姿を見つけるなり挨拶に来る人々に愛想を振りまいた。
今はそのような人々の波は落ち着いたので一人ゆっくりとシャンパンをのんでいるが、しかしこのパーティーとやらがさっぱり要領を得ない。何かの目的――たとえば誰かの祝賀会やら、のために集まったというわけではなく、辺りを見回して観察すると初めてここに顔を見せたのは自分も合わせて片手で数えられるほどらしく、単にゴールドコーストのマンションの上の階に住んでいるような人々による定例会といった趣である。そのようなパーティーに何故マーベリックが故意にかはわからないが養父と言う立場をちらつかせながらも連れてきたのか、バーナビーはその理由を測りかねていた。
会場にはお互い仕事を終わらせてから別々に来て、会場についた途端自分も、そして先に来て人々にバーナビーの到来を告げていたらしいシュテルンビルトの名士であるマーベリックも挨拶「回られ」に忙しいらしく、会話らしい会話ができていなかった。パーティーで見る人々はまだ駆け出しのヒーローでしかない自分には声もかけられないような各界の大物も多くいて、ウロボロスの情報を得るためにもここでコネクションを作ってみるのも手、という無言の提案であろうか? と考えてみたものの推測の域を出ないばかりか先程書いたように大物たちには例えマスコミに推され市民に一定のファンがいるとしてもぽっと出の駆け出しヒーローが彼らに声をかけられるとは思えない。ではそのような「大物」を狙わずに、……ここに出席している大抵の人間は皆個人個人が特定のパイプを持っていると考えていいだろう、ならば特に大物を狙わず、その周囲の人々に声をかけて親交を深めてみてもいいかもしれない。
一人自分を納得させ、とりあえず会場をきちんと回ってみようかとバーナビーが意識をぐんと外に向けた時だった。
「やぁ、悪かったね、バーナビー」
「マーベリックさん」
社長であり養父でもあるマーベリックがこちらに歩いてくるのが見えた。
ようやく挨拶回られも終わったのだろうかと、少しほっとしてバーナビーは笑みを返す。
「日ごろお世話になっている人たちへの挨拶がなかなか終わらなくてね。私から誘ったのに君を一人置いていくなんてすまないことをした」
「いえ、僕は平気ですから構わないでください。ところでお聞きしたいんですが、なぜ今日はこのようなパーティーに僕は呼ばれたんです? みなさんシュテルンビルトを代表する名士たちで、僕のような未熟者が来るには申し訳ないような気もするのですが……」
「私の会社の自慢のルーキーを見せるというのと、……君も今後、ここにいる方々のような人たちの力が必要になるときがくると思ってね。出過ぎたマネをしてしまっただろうか?」
「いいえ、まさかそんな。心遣い感謝します」
「そうですよ。テレビで拝見しましたが、私には貴方がここにいる方々に負けず劣らずの活躍をしているように見えました。そこまで謙遜せずともいいかと思いますが」
見知らぬ声がして、バーナビーは声の聞こえた方を注視した。
マーベリックの少し後ろから、黒いスーツを着こんだ東洋系の男が歩いてくる。顔だちはスマートでハンサムな顔出しヒーローとして売り出しているバーナビーと並べたとしても遜色ないほどで、声はよく通り、切れ長の目は少し赤みがかっている。先程観察していた中の「初めてここに顔を見せた」とみられる人物の一人だ。
彼はマーベリックと並んでバーナビーを見ると、目を丸くして「ああ、すみません」と声を上げた。
「私としたことが、マーベリックさんに紹介される前に声をかけるなんて失礼なことを」
……なんだかわざとらしいほどに芝居がかってるな。
男から漂ういいようのない胡散臭さに一瞬だけ目を細めたバーナビーは、「いいえそんなことは」とこちらも白々しく返事をし、微笑を張り付けてマーベリックを見た。
「マーベリックさん、こちらの方は?」
「ああ、彼はオリハラさんだ。ビジネスと観光をかねて日本からわざわざこちらにいらしたらしい」
にこり、とオリハラは笑って右手をバーナビーに差しだした。
「オリハライザヤです、お会いできて光栄です」
バーナビーも自慢の営業スマイルをひっさげて彼の手を握る。
「有難うございます。日本人という事はイザヤ、の方がお名前ですか? 変わったお名前ですね」
「ふふ、よくいわれるんですよ」
表面的には笑顔で握手している若者二人をにこやかに眺めながら、マーベリックは淡々と説明した。
「先程あった知り合いのネクストを研究している教授に、彼を君に紹介してほしいと頼まれてね」
「そうなんです。以前からネクストには興味があったのですが、『海外に住む日本人』はあっても『日本』ではネクストの発生が全くと言っていいほどなくって、仕事でこちらにきたついでにツテをたよって教授にお会いしたのですが私のした質問が彼の分野では答えられない事だったらしく、『今日マーベリックさんが参加するパーティーに自分も行くから、どうせなら彼にネクストの代表者でもあるヒーロー、特に顔を出している貴方にお会いできないか直談判してみたらどうだ』といわれましてね……」
オリハラはペラペラと一人で話すとバーナビーの手を放して一旦肩をすくめ、けれど、と嬉しそうに笑った。
「まさか貴方に直接会えるとは思いませんでした」
あー白々しい、帰りたい。
そんなことを思いながらも「そうなんですか」と適当に相槌をうち、とっとと終わらせたいとでもいうかのように「それで、質問と言うのは?」とバーナビーはオリハラに尋ねた、のだが。
「おっと、すみません」
急にオリハラが片手をあげた。そしてズボンを探ってバイブにしていたらしく震えている携帯電話を見つけ、その画面を見てほんの少しだけ眉をひそめると元のにこやかな表情に戻ってバーナビーさん、と彼に声をかけた。
「話の途中で申し訳ないですが電話が入ってしまって……。そんなに長くならないとは思いますが、そちらを待たせるのもどうかと思われますし、パーティーのあとに、また」
「え……」
「すみません、バーナビーさん、それにマーベリックさんも、有難うございました。では後程」