二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

はじまる一週間 (水曜日)

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 




「付き合ってください。」

真っ直ぐに見上げられた視線に、殴られたようにぐらりと視界が歪んだのを感じる。今日は別段ついてなかった訳じゃないのに、いやでも告白されるって言う事は、自分のような人間とも化け物ともつかない生物を好いていてくれると額縁通りに受け取って良いのだろうか。
珍しくも自分の胸中でぐるぐると怒り以外の感情が浮いたり沈んだりするのを感じながら、静雄はゆっくりと持っていた煙草に火を点け直す事にした。


異常気象と言われる今年の夏を乗り切り、そろそろ過ごしやすい時期になったなと思いながら、ぼんやりと公園で佇む静雄の前に一人の少年が近づいてきた。池袋という場所において、自分に平気な顔をして近づいてくる人間等数える程度にしか知らない静雄は、頭をもたげた好奇心から少年の方にちらりと目をやった。
どこにでもいるだろう平凡そうな少年。
水浅葱色の制服に見覚えがあり、それは静雄自身も昔着ていた制服なのだと思い出した。
来良高校の制服を身に纏った少年がゆっくりとした足取りで静雄の座るベンチの端に腰を下ろした。少し身体のサイズより大きい制服から、少年が少なくとも3年生で無いという事までは静雄も何となく理解して、視線をまた正面に戻した。
いつもならば、東京のど真ん中にあるこの公園には、見るだけで目眩がする程若者がたむろしている。しかし、先程静雄が来てから彼ら達はそそくさとこの場を後にしてしまい、今は世界から静雄と少年だけが切り取られたように、二人だけが公園の中に存在していた。
ちらりと静雄が隣に座る少年に目をやると、何か考え込んでいるのか伏せられた睫が少年の顔に薄い影を落としていた。まだ大人というには未成熟なその顔の丸みを見て、静雄は煙草を取り出そうか、と逡巡したままポケットに手を入れた。
「あの。」
少年の声が静かな公園に響く。静雄は一瞬誰の声で、誰に向かって発せられたものかわからずにぐるりと視線を空から地面に戻した。
(ああそうかこいつの声か)
静雄がようやくそれに気付いたのは、少年の声が夕焼けの空に消えて、また静かな静寂が公園に戻ってきた頃だった。時間にすれば、そう間が空いているつもりは無かった静雄だったが、少年の視線が困ったような色を帯びて静雄を見ているのを見付けて目を細める。
「あの、静雄さん。」
「あ?」
「お久しぶりです。」
目だけを少年の方に向けているだけの静雄に、少年は未だ困ったような怖がるような視線を向けたままぺこりと頭を下げた。礼儀正しい少年だなと思う静雄の頭に、次にこの少年とどこかで会っただろうかという疑問が浮かび上がる。静雄自身、人の名前や顔を覚えておくという事を苦手としている事を自覚していた。どうしたって自分の周囲に人がいれば、遅かれ早かれその人物を静雄自身が傷付ける事は目に見えていたからだ。高校時代、何が面白いのか自分の人生を滅茶苦茶にする事が楽しみの一つとしている折原臨也と出会ってからは、余計にそう思う気持ちが強くなった。
そのせいか、片手で数える程度の知り合いは皆静雄と同程度に人間離れしている者ばかりになってしまった。そんな知人達の顔を思い出してみても、静雄の目の前にいる少年と結びつく人物が思い付かない。
それとも自分が傷つけてきた人間と繋がりのある者なのだろうか、と静雄がそこまで考えた所で少年が小さく眉尻を下げた。
「すみません、覚えてませんよね。竜ヶ峰帝人って言います。」
こんにちは、と続く少年の声が些か震えている事を受け止めながら、静雄はその名前を頭の中で反芻する。りゅうがみね、と繰り返すものの、静雄にしては長すぎる名に覚えられるだろうかと思う。静雄は人の名前を覚えるのが苦手だった。
「すげえ名前だな。」
「ええ、良く言われます。静雄さんにも、前に言われましたよ。」
眉尻を下げたまま笑う竜ヶ峰と名乗る少年を前に、静雄は申し訳無さを感じて心中で自身に舌打ちをする。目の前で笑う少年は、最近、少なくとも静雄が言葉を交わした同世代の少年達の中では至ってまともで礼儀正しい応対をしてくれる。
これが、いつも静雄が仕事上で相手をするような輩と同じであったなら、自分が少年を記憶していないというのは正しい。しかし、珍しくも自分に恐怖を浮かべてこない人間を前に、静雄は自分の人を覚えないという性質を恨んだ。こんなまともな人間を覚えておけないから、結果的に自分の周りにそういう人間が少なくなるのではないか、と心中で過去の自身を非難する。
「あの。」
「ああ、悪かった。」
「いえ。」
眉間に出来た皺に気づかないまま、静雄は帝人と名乗る少年に謝罪を口にする。怒りながら謝るという、静雄自身は気付いていないその表情に、帝人は困ったような顔をしてくすりと笑った。なぜ笑われたのか、という事を疑問に思った事が顔に出たのだろう。すみません、と謝る声が静雄の名を呼んだ時と同様に公園の静寂に響いた。
「セルティさんと、一緒にいらっしゃった時にご挨拶させてもらったんです。僕、この通り平凡な顔ですから。思い出せなかったんだと思います。」
だから謝らないで下さい、と口にされて静雄は視線を帝人から彷徨わせた。こんな風に、普通の会話をする事自体にも慣れてはいないし、話した事もない人間と喧嘩腰以外で言葉を交わす事自体もくすぐったい。帝人を見れば、静雄が自分から視線を外した事で会話が終わったと思ったのか、視線を別の場所へと移動させていた。
「お前、セルティの知り合いなのか。」
「え?ええ、まあ。ちょっと前に、助けて頂いて。」
静雄の言葉に、帝人は一瞬驚いたように男にしては大きめの瞳を静雄に向けて、照れるようにまた笑う。会話をする時に必ず相手の目を見て話すその癖に、静雄は好感を持った。
「あいつは良い奴だからな。」
「ええ、本当に。それに格好良いですよね。」
数少ない友人への賛辞に、静雄は自分が褒められているようにふわりと暖かくなるのを感じる。ころころと笑う帝人の姿を見て、先ほど静雄と、少年の口からも出た自身を形容する『平凡』という単語が似付かわしくないように感じる。セルティはこの池袋に於いて、首なしライダーとも言われている。静雄と同様に人間外と称される彼女を知っていて、それでも『いい人』と言える帝人は決して平凡な、静雄を見る度に恐怖の表情を向けて避けるように動く人間たちとは違うように感じた。
静雄はそこで、じゃあ俺も怖くないのかと口にしようとして辞める。自分の目の前にいる少年がどう言ってくれるのかが気にはなるが、怖いと面と向かって言われるのは静雄自身嬉しい事ではない。仮にそう言わなかったとしても、その表情が今の穏やかな帝人の顔に少しでも変化をつけさせてしまうのは忍びない。
(ただ怖いだけか、俺は)
静雄はらしくもない自分の思考に、もう一度舌打ちをするとポケットの中でライターをいじった。特にやる事もなく、いつもならここで煙草を数本吸ったら帰路に着く。時刻はまちまちである事が職務上多かったが、それはある種の静雄の日課である。そもそもこの公園は、道路脇にあるおかげで友人のセルティを見掛ける事も多かったせいもあるし、夜になれば人気が一気に引いてくれる事から多く利用しているのだ。