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はじまる一週間 (水曜日)

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静雄がここに来てからまだ時刻はそれ程経ってはいないのだろう。太陽は真上にあるという訳ではなかったが、それでもまだその姿を、そびえ立つビルに隠す事無く存在を主張している。夏も過ぎ去るとは言うものの、まだうだる暑さは続いていて、静雄の存在を象徴する一つであるバーテン服もうっすらと汗を吸い込んでいた。
ふと思い立って、静雄が立ち上がる。帝人がこちらを見ているのを視界の隅に入れるものの、何と声を掛けていいか分からない静雄は特に何か言葉を発する事もなく、公園の入口の方へ歩き出した。
思い出したのは公園の入口に未だ設置されている自販機だった。
池袋では昨日まであった自販機が、突然次の日には姿を消しているという事は珍しい事ではない。それはほとんどが静雄のせいでもあるが、もとはと言えば自分を怒らせて物を投げさせる人間が悪いのだと静雄は思っている。
この公園に来た時に、入り口にひっそりと佇んでいるそれを目に入れていた事を思い出した静雄は、まだ残暑の残る今日と、隣で自分が平和島静雄だという事を知った上で逃げ出さない少年を見て気付けば自販機の前に立っていた。
基本的に静雄は何か物を考えてから行動するというタイプではない。だから、静雄自身も自販機の前に立って二人分のコーラのボタンを、自販機を壊さないように指で押している時に(俺、何やってんだ?)とは思ったものの、特にその疑問を解消する事もなかった。二つの缶はよく冷えていて、外気の影響からか水滴が多く静雄の手を濡らしていく。その二つ分の缶の冷たさに心地良い物を感じて、また公園へと戻っていく。
その間、自動販売機に手を掛ける自分に小さくない悲鳴を上げて数人の人々が遠巻きに去っていくのを慣れた風に聞き流していた。いつもならば、目の前で悲鳴をあげられようものならその時の機嫌に関係なく怒りが体を支配していたのだろうが、今日はそういった事もなくその場を後にした。
公園を歩いて元いたベンチに戻れば、少年が最初にこの場に来た時のままの静けさだけがある。その静寂に心地良さを感じながら、静雄の足音に気付いたのか帝人が地面から顔を上げた。その瞳には驚きの色が浮かんでいるが、静雄の影で隠れるようにすぐに姿を隠してしまい、静雄自身は気付くことは出来なかった。
「あの・・・?」
眼前に差し出されたコーラの缶と、静雄を交互に見る帝人の幼い顔を見たまま、静雄はどこかで似たような動作をしている動物を思い出していた。
(なんかこいつちっせえな)
サングラスで隠れている静雄の瞳の色に気付かないまま、帝人は手を動かそうとして止める、という動きを繰り返している。静雄と会話をしている時から肩掛けバッグを握りしめていた指先だけが動いていて、そこで静雄は(ああハムスターだ)と動物の名前を思い出していた。
「やるよ。」
「え、あの・・・。」
すみません、という謝罪を口にするべきか、ありがとうという感謝の言葉を口に出すべきか逡巡している帝人の手に缶を握らせる。小さく悲鳴を上げる帝人の手は、自分と同じように水滴に濡れている。その顔と動きを見て、何かで拭いてから渡せば良かったのかと静雄は柄にもなく思い、それを口にするのもなぜか憚られて、帝人の座るベンチの隅に乱暴に腰を下ろした。
「ありがとうございます。」
静雄さん、と再度名前を呼ばれて、その声の温度に照れくさいものを感じて静雄はただ頷くだけに留めた。顔に熱が集中するのを耐えるようにプルタブに指を掛ける。ひやりとする掌の感触が心地よく、照り付けてくる太陽の暑さに急激に喉が渇いていく。プルタブに掛けた指を軽く動かすと小気味良い音が鳴って炭酸の爆ぜる音が鼓膜に浸透していく。
本来静雄は炭酸自体は好きても嫌いでもない。なのに何故自販機で炭酸を選んだかと言えば、体が勝手に動いたとしか言いようがなかった。しかし頭の片隅では少年の顔が浮かんで、そう言えば子供の頃は夏に良く炭酸を弟と共に飲んでいた事を思い出していた。子供舌である事は自覚しているものの、子供の時は今以上だっただろうという予測から、静雄はすぐに子供と炭酸と夏を結び付けて考えたのだ。
自分もそうだったのだから、それを渡すべき少年もそうなのだと勝手に思っていたが、実際はどうなのだろう。
喉に液体を満たして、静雄が何の気無しに隣を見ると帝人は静雄の方を見詰めていた。その瞳も、缶を只握り締める手も動く事も忘れたように微動だにしない。
(炭酸嫌いなのか?)
静雄が缶から口を離して嫌いなら飲むな、と言おうとしたところで帝人は只でさえ大きい瞳を溢れんばかりに大きくした。その動きに静雄が不審に思ったところで、すみません、頂きますと声が上がる。
頭を下げるその首の細さと汗を掻いた項の紅さに、少年らしさと違うものを感じた自身に静雄も驚いて、視線を帝人の水滴のついた手へと移動させた。一瞬の目眩のようなものを感じたのは、今日がまだ暑いせいだと言い聞かせる。
「本当にすみません。お気を使わせちゃって。」
「そんなんじゃねえから飲んどけ。倒れるぞ。」
細い手足を見詰めながら静雄がそう言うと、ありがとうございます、と何度目か分からない礼に更に照れくささを感じる。静雄がこれまでこんなに礼を言われた事は、今まで一度だってないのだ。自分が照れている事を気付かれるのも、また羞恥を誘いそうで、誤魔化すように静雄はゴクゴクと缶の中身を飲み干す事に集中する。体の熱も、出ていた薄い汗もとっくに引いていたが、このまま今まで経験した事のない恥ずかしさで発汗しそうな気がする。
そんな静雄の内心に気付いたのか気付かないままか、帝人が静雄の視界の端でくすりと笑った。
(よく笑うんだな、こいつ)
自分が笑われている事も知らずに、静雄は名乗られた名前を忘れたものの、隣で自分が渡した缶を握り締める少年の印象にそう付け加えた。静雄の前で良く笑ってくれるまともな人間は少ない。
「ありがとうございます。」
「もう礼言うな。子供は黙って奢られとけよ。」
恥ずかしいからという理由が言えない静雄はそれだけ言うと、もう残り少い水滴程のコーラを飲み干した。しゅわしゅわとした喉元と、少しひりつく舌にやはり炭酸にしなければ良かったと心中で思う。
「優しいですよね。」
「は?」
自分に言われたのか、と静雄が驚いて視線を帝人に移すと先程と変わらない姿のまま帝人が座って静雄を見詰めていた。瞳の奥に嘘を探すが見当たらなくて、それが余計に静雄を混乱させる。何を言ってるんだ、と突っぱねればいいのか嘘を吐くなと怒鳴るべきかが静雄には分からない。
サングラスの奥にある瞳の同様は帝人には見えていない。しかし、静雄の周りにある雰囲気に自分が発した言葉で動揺させた事を知ったのか、帝人はまた同じ言葉を繰り返した。
「優しいですよね、静雄さんは。」
「だから、お前、何言ってんだ。」