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はじまる一週間 (水曜日)

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静雄自身も、自分が思っている以上に困惑している事を声を出して気付く。酷く揺らいでいる声色に、普段の池袋最強と恐れられる自分が重ならない。帝人の動作に幾ら注意をしてみても、そこに嘘をついたり騙そうとしている気配は見付からない。それどころか、その顔は酷く穏やかで、唇は緩やかな弧を描いている。瞳は初めてここに来て静雄の名を呼んだ時から変わらずに、真っ直ぐに静雄を見ていた。
「だって、こうやってジュースまで頂いてしまって、煙草も僕が高校生だからって我慢してくれてますから。」
帝人はそう言うと別に吸ってくださっていいですよ、と言ってから、缶に初めて口をつけた。思いの外炭酸がきつかったのか、形の良い眉が顰められる。呆然とする静雄も、そこでふと自分のこの公園の利用法を思い出してポケットで遊んでいた煙草の存在を思い出した。別段、静雄自身は目の前の少年に遠慮をしていたから煙草を吸っていた訳ではない。ただ、必要じゃなかったから吸わなかっただけだと口に出そうとして、静雄はなぜと思う。
普段から沸点の低い自分を、幾分か諫めてくれるその存在が必要じゃない何て事は、静雄の日常にはない。今まで人とこんなに長く話して、怒りに支配されなかったのは初めてな事に静雄自身も驚いて口を出すことを忘れてしまう。古くからの友人であるならば、とも思うがそういう存在でもない。目の前の少年は、他の人間と違って静雄を見ても怖がる事もなければ、静雄を怒らせる事もない。平凡そうに見えるその外見とは裏腹に、非凡なものを感じて静雄は不思議な感覚でその少年を見詰めた。
時間はいつの間に、という程度に経っているのか幾分か赤くなった空の色を受けて、少年の姿も赤く染まっている。
「どうかしたんですか?」
首を傾げて自分を見る帝人に、静雄は何と言葉を返せばいいかわからずに空を見上げた。空には先程よりも速い流れで雲が動いていて、高くいくつもそびえ立つ高層ビルの隙間に夕日を見つける。
(ああそうかこいつ)
思えば、セルティという友人と普通に話をする、という時点でどこか不思議だとは静雄も感じていた。しかし、この少年の真っ直ぐ過ぎる瞳や、自分を見ても普通の人間と接するように話してくるそれに、帝人が非凡な才能がある事に気付いて皮肉なものだと笑う。目の前の少年には、どこかそういった連中を引き込む何かがあるのかもしれない。
「お前って変なやつだな。」
ポケットの中で遊び続けていた煙草を一本取り出しながら静雄がそう言うと、帝人はきょとりという効果音が似合うように首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「ああ。」
その姿が、やはり連想していた動物の動作と重なって静雄はもう一度小さく笑った。それを見てか、帝人もくすりと笑って缶のコーラをくるくると回す。
「セルティさんにも言われました。」
「そうだろうな。」
人外が二人同じ事を言うならそうだろう、と自慢気な声を上げる静雄に、帝人はもう一度小さく笑うと視線を地面に戻した。その姿が、最初に見た何かを考え込んでいるような動作に見えて、静雄はポケットから出したライターで火を点ける動作を止める。睫毛が揺れるその仕草は、何か酷く思い詰めているような、迷いがあるような感情を帝人の瞳よりも雄弁に語っている気がしたのだ。
「静雄さん。」
(なんだ?)
静雄には、顔を上げた少年は、先程まで談笑していた彼と同じなのかが分からなかった。
瞳は同じように、どこか少年の芯が強いだろう性格を物語っているし、頬は丸くて幼い。只その眉は何も言わずに缶を手渡された時のように八の字を描いていて、口元だけは笑顔を浮かべるように弧を描いていた。 泣き笑いのような表情はすぐに変化し、瞳は真っ直ぐに、何度か帝人は瞬きをした。

「僕と付き合って下さい。」

真っ直ぐに向けられている視線と、言い終わった言葉を飲み込んで気付くと、静寂からばきりと小さな音が響いた。特に怒りがあった訳でもないのに、静雄の左手に握られていた空き缶がその手の内でその姿を醜く変えていたのだ。
静雄が帝人を見れば、眩しい程の夕日の逆光で表情が見えない。あの目をまだ自分に向けているのだろうかという、少し場違いな疑問を抱きながら、空いた手で静雄はサングラスに手を掛けた。
ベンチに座ったまま、来た時から何も変わらない距離で帝人はまだ静雄の前に座っている。その表情からは未だ測れないものの、少し俯いただろう頭のつむじあたりの、短く切られた髪の毛が小さく揺れていた。
何と答えればいいのか分からないまま、少しでも間を持たせる為に今日この公園に来て初めて、静雄は煙草に火を点けた。ゆらゆらと揺れる煙が赤い空に消えていくのを見て、ゆっくりと目を閉じてさあどうするか、と考える。
「冗談が過ぎるぞ。」
煙草の煙を吐き出すと同時に呟いた言葉に、これは少し酷い言葉だろうかと静雄は思ってちらりと帝人を見た。呟いてしまった言葉を無かった事には出来ないものの、もしもこれで帝人が本気で言っていたとしたら目の前の少年を傷つけるような気がする。
帝人は静雄を見たまま、小さく息を呑む音を出して黙っていた。静雄は今日、ここに来てからずっと感じていた心地良さを今の静寂に感じる事が出来なくて、もう一度煙草の煙を吸い込んだ。
今まで、こんな風に面と向かって付き合って欲しいと言われた事などない。恋愛に関しては、幼い頃の苦い経験をしてから静雄は今までそういったものに無縁で生活してきたのだ。だから目の前にいて付き合って欲しいと告白してきたのが同性の少年であるという事よりも、なぜ自分なんかにという考えのほうが先にいく。
(俺なんかと一緒にいてもいい事なんてなんにもねえのに)
なんの冗談か、といつものように怒れれば一番良かったのだろうが、目の前の少年のせいか紡がれた言葉のせいか、静雄は怒るという感情が湧いてこなかった。嬉しい、と言えば嬉しい気もするがそれよりもなぜ、という気持ちのほうが強い。
ぐるぐると考えてはみるものの、元より思考する事自体が不得手である静雄は、いつの間にか寄せられた眉間と共に、帝人に視線を移した。
「一週間で、いいです。」
はっきりとした声で告げられた言葉に、静雄の瞳が細められた。
(何言ってんだ?)
「一週間、僕と付き合ってみてください。」
「な、」
帝人の言っている言葉の意味が理解できずに、静雄がどういうことだ、と口に出そうとすると、その声が初めて帝人によって遮られた。いつの間にか降りてきた夜の帳に、随分日が降りるのが早くなったと頭の隅で考える。
いつの間にか俯いていたその視線が自分に向けられていて、真っ直ぐな瞳に静雄は初めてそれに射抜かれた時と同様に、目を背けたくなる。
(この顔は苦手だ)
本来なら、自分が他者に与えているであろう感情がじわりと浮かぶのを感じて静雄は小さくたじろいだ。
(逃げらんねえ)
「冗談じゃないですから。」
そう呟く帝人の唇が初めて小さく震えている事に、静雄は気付くことが出来なかった。
公園はいつの間にか、静寂と夜の青に染められている。静雄はただ、帝人の缶を握り締める指先を見つめながら、もう水滴がついていない事に小さく安堵した。








(はじまる水曜日)




2011/09/03