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はじまる一週間 (木曜日)

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数歩歩いては立ち止まり、ポケットに突っ込んでいる携帯電話を握り締める。何度か力加減を間違えて、その度無遠慮に壊され続けてきたそれを持ち歩く事を静雄は嫌っていた。
そもそも自分に電話をしてくる人間等、皆無といっていい。たまに鳴る電話は大抵が仕事である取立て屋の事だったし、何より静雄はこういった機械操作というものが得手ではなかった。その為、家にいる際は仕事の電話がきてもすぐに気がつく様に目立つところに置いてはいるものの、それ以外ではとんと無頓着である。良く街中で携帯電話をひたすら弄っている学生の姿を見たり、テレビでつい先日見かけた「携帯依存症」「携帯中毒」といった言葉を知ったときは鼻で笑ったものだ。
そんな馬鹿な、と。
たかが小さいこの機械で他人と簡単に結びつきが生まれるものか、そう静雄は思っていたものの、それでも手放さずに手元に置いておくのは、自分でも少なからずそんな機械を必要としているのだろう。
そうは自覚してみても、静雄にとってそれはやはり扱いづらいただの小さな電子機器に他ならない。他人はともかく、自分にはそもそもメール機能も電話機能も使う友人等いない。たまに弟の幽が、私事で簡素なメールを送ってくれる程度である。静雄よりもよほど毎日を分刻みで忙しく送る幽の生活を考えれば、これも悪く無いかなと静雄は思う程度だった。
そんな機械を手にして、静雄は今日は幾許か今までの考えを改めているところだった。
池袋の街を歩いてはポケットに手を入れる。ここまでは、ヘビースモーカーである静雄の行動として日常と大差ない。しかし握りしめているのはクシャクシャになったソフトの煙草ではなく、固い無機質の携帯電話だ。携帯を握りしめては、一度取り出して、しかし画面を見る事なくもう一度同じ場所に入れ直す。

その動作を十を超える程度に繰り返す内、静雄の隣を歩く同僚のトムが声を掛けた。
「静雄、今日用事でもあったか?」
なら仕事早めに終わらせなきゃな、と続けようとした言葉をトムは思わず飲み込んでその足を止めた。隣を歩く静雄が自分を凝視していたからだ。サングラスの奥では瞳が僅かに開いているのが見える。
「なんだ、違うのか?」
「いや・・・。」
ふむ、とトムは静雄に気付かれない様に俯いた同僚を見てため息を飲み込んだ。
普段から明瞭明快な男なのに、どうも今日は歯切れが悪い。どうやら何かまずい事でもあったのだろうか、と思いはするが言葉にはしなかった。静雄と昔からの付き合いであるトムは、静雄が人よりも酷く怒りの沸点が低く、一度到達してしまえば静雄自身でも止める事が出来ない程暴れ回る事を知っている。仕事の最中ならばまだしも、トムは自身のせいでこの池袋の往来でその怒りに触れる程馬鹿にはなれなかった。
「用事とかはないんすけど・・・。」
けど、なんなのだろう。
トムはどんなに気になっても、世の中には聞いてはいけない事実や聞かなければ良かった事柄がある事もまた知っている。中学から付き合いのある後輩の、恐らく何か悩みの一つになっているであろう事実もまたそれと決めると、ぽんと背中を叩いてやる。
「まああれだ、そんな気にすんな。これからまだ仕事立て込むしよ。」
「そうっすね。」
静雄は何度か頷いた後、トムと共に次の取立てをするべき相手の所まで歩を進める。何度か携帯電話が鳴った様な気がして、静雄はその度ポケットに手を入れては逡巡して手を出す、という行為を繰り返していた。
トムはその動きに気付いてはいたが、もう何もいう事はない。






取り立て屋という仕事に、定時という言葉はない。そもそも相手に合わせて取立てに行かなければならない為、時刻は酷くバラバラだ。それでも成人した体に不規則な寝起きは大した痛手はないし、静雄は随分昔に一人暮らしをしている為、特に心配したりされたりする者がいる訳でもない。付き合おうと言われた事が、今まで無い訳ではなかったが、それでもいつも気が付けば一人だったのだからその期間も長い事は決してなかったのだろう。
(だからこれだってすぐなんだ)
静雄はそこで、昨日の少年とのやり取りを思い出してしまい、知らず手に力を込めた。鈍い音と、自分の掌に感じる湿っぽさに気付いて顔を上げると店内の客はいつの間にか静かに席を立ち、目の前で座るトムだけが黙々と揚げたてのポテトを口に放り込んでいた。
「今日はあと一件だからな、静雄。」
「うす。」
静雄は仕事の事を考えていたわけではないのだが、トムが宥めるようにそう言って紙ナプキンを渡してくれるのは悪い気持ちには取らない。それを受け取って、まだ半分程残っていた筈のシェークだった残骸を片付ける。店内から外に目をやると、昨日と同じ夕刻の時間になっていて、静雄はどうしても昨日の出来事を思い出してしまう。
「トムさんは彼女いないんすか。」
静雄の言葉に、トムは一度驚いたようにポテトを掴む手を制止させ、静雄を見てその眉間に皺を寄せる。
「珍しいな、女の話なんて。」
本当に驚いた、という風にトムは言うが、静雄自身も同じように驚いている。こんな質問をした意味も、自身でだって良くわかっていないのだ。
「俺はいないよ。」
「そうすか。」
お前はどうなんだ、と続けそうになるところで、トムはその言葉を飲み込む。静雄の沸点が一体何で沸き上がるかは未だ分からないものの、静雄が意味のない話をする程話し上手でない事も知っているからだ。
(そうかそうか、静雄がなぁ)
早合点でも嬉しい誤解だ、と思いながらトムはまた残り少ないポテトへと手を伸ばした。目の前の静雄は朝から携帯を気にしている。普段から口寂しいのかと言わんばかりに、常時煙草を吸っている男がそれを忘れるほどに気になっているらしい。
そして先程の自分への質問から、何となくトムには静雄の聞きたい事や近状が見えていた。
気になる女か、それとももう付き合いだしたのかは分からないが(どちらかと言われれば気になる、で止まっているだろうとトムは思っている)、ひとつの大きすぎる短所のせいで、沢山ある長所を消されて生きてきた後輩に大事な者が増えるのは嬉しい。どうか願わくばそれが叶って、今までより少しでもいいから幸せになってくれれば、とトムは願う。

(それで物壊す数も減らしてくれりゃ言う事ないしな)

「付き合うってなんなんすかね。」
「げほっ!」
静雄の突然の言葉に、トムはあと3口程残していたコーヒーを全て無くすハメになる。物思いに耽っていた分無防備だったのか、トムは鼻孔につんとする感覚に踞った。大丈夫ですかと聞いてくる静雄を前に(大丈夫なわけあるか)とは思っても言えない。
「どうした、突然。」
「いや・・・。」
テーブルに乱雑に吹き出してしまったコーヒーを片付けながら、トムが何でもないなら言ってみろという目線を向けても、静雄は俯いてしまう。考えるように視線を彷徨わせた後静雄の口走った内容に、トムは更に聴かなきゃ良かったと、今朝の自分の言葉を思い返すのだった。

「付き合ってると、メールとかするもんすかね。」
「まあするんじゃねえか?」
トムとしては、奥手だと思っていた静雄がまさか気になっているどころかもう段階を飛び越えて付き合いを始めていた事に驚いた。