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はじまる一週間 (木曜日)

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まさか、教育テレビの中学生が聞いてくる様な質問をされるとは。何年か裏稼業に近い職についているトムも、驚きだ。こんな純粋な人間ばかりなら、トムの仕事は既に廃業である。
何がこいつをそうさせているのかと、同僚の顔を凝視してみるが、トムには静雄の考えは読み取ることは出来なかった。別にこちらをからかっている訳でもなさそうである。
付き合う女がいて、その相手を静雄も好きならば態度に出して喜んでいそうなものだとトムは思う。静雄は単純な男だ。その割にはどうも優れない顔色を見やって、何か付き合う女自体に訳でもあるのかと、深く詮索したくないと本能が告げていて言葉を上手く出せずにトムは黙り込んだ。結局、ありきたりな言葉を言ったものの、トムもどうしたものかと目の前の静雄を見て首を傾げた。
今もトムと話している最中、せわしなく右手はポケットとテーブルの上を行ったり来たりとしている。そもそも、そういった色事に疎い上に淡白だと思っていた静雄が、ここまで恋愛ごとに右往左往している姿を見ると力になってやりたいような、絶対に関わりたくないような気がするのだ。
「メール来ないなら、静雄からしてやればいいんじゃねえか?きっと彼女も忙しいんだよ。」
「いや、つうか知らないんすよ。」

(知らない?知らないってなんだ?)
トムの隠しようのない疑問を感じ取ってか、静雄は乱暴に頭を掻いてみせる。迷ったり考える際に静雄の良くするその仕草に、トムが静雄から視線を逸らした。

「名前、言われたんすけど、」
覚えてなくて、とはさすがに静雄も口すぼみになってもごもごとしか言えなかった。トムの目が明らかに己を非難するそれに変わっていったからだ。静雄自身も、付き合っている男女が名前も知らないだなんて、そんな作られた芝居の中じゃあるまいし、と思っている。しかし事実、静雄は名前を知らなかった。更にその事実をもっと細かく言うならば、言われたその単語を覚えられなかったのだ。
そこまでをぼそぼそと喋り終えると、トムがため息をついた。そのため息の出し方が、「お前が悪い」と罵られているように聞こえて静雄の肩も心なしがっくりと下がる。夕刻の色が店の窓に差し込んでいるせいか、それに包まれて静雄は更に哀愁が漂っていた。
「その癖、直したほうがいいんじゃねえか?」
「いや、癖っていうか・・・。」

動揺しすぎて覚えられなかったのだ。
先日、公園で告白された時、こんな小さな子供が、という驚きがあった。次にやってきたのはなぜ俺が、という所に向かい、更になぜか一週間と決められている期間にも驚いた。
一体何の冗談かと怒って2、3発殴ってやればそれで終わっていた話だっただろうに、静雄はその時いつもいいかげんにしろと静雄自身も思う頻度で湧き上がる怒りが、なぜか静雄の心はもともとそんな負の感情がなかったかのように静かだった。
こんな時に自身が恨んだ名前そのままの状態が起こり得るだなんて、という新たな驚きに見舞われて、いつの間にやらその事実だけが残ったのだ。
メールアドレスを聞いてきて、静雄の携帯を怯えるように取ったあの少年の短く切られた前髪や、夜の色合いに似ている瞳はいくらでも思い出せるというのに、名前と言われると静雄は全く思い出すことが出来なかった。
(なんなんだ、これじゃまるで)


「まるで夢見てたみたいだなぁ、そりゃ。」
トムがそう言って、もう食べるものが無いトレイを脇に置いて煙草に火を点けた。静雄もそれに只頷くと、同じようにポケットから煙草を取り出す。店内はようやく落ち着きを取り戻したのか、少しずつ騒がしさを滲ませていく。
「悪戯だった、とかなんですかね。」
「いたずらねぇ。」
そんな周りくどい事を、この池袋最強にするのだろうか。むしろそれが、どんな罰ゲームだったとしても平和島静雄を知っていればこそ、そこら辺の女にそれが出来るとは到底トムには思えなかった。それならば、やはり相手は本気だったのではないかとトムは思い煙草の煙を吸い込んだ。
静雄は一見派手な外見をしているものの、怒らせなければ名前の通り静かな男だ。弟が芸能人をしている事からも分かる通り、見た目だって悪くない。そのお陰で、今までだって何人か興味本位がほとんどだったのだろうが、静雄に近づいてきた女はいたのだ。ただ、その更にほとんどの女が、変わらない静雄の立ち位置に、愛想を尽かして去っていくせいか、関係が長続きする事はなかった。だからこそ、トムは今の静雄を見て随分と驚かされている。
(よっぽど駆け引き上手な姉ちゃんなのか?)
どちらにしても、静雄が今までのそれとは違う事は分かる。それならば自分としては、出来れば静雄が傷つかない程度に応援し、遠くから見守ってやるのが一番なのだろう、と一人納得して煙草の煙を吐き出した。
トムはそれをどのようにして静雄に伝えようかと頭を掻いて上を向くと、それと同時に向かい側から驚いた声が上がる。
今度は一体何事か、と静雄を見れば煙草を取り出していた筈のその手には、握り締められて恐らくもう吸えなくなっただろう煙草のソフトケースと、着信を告げる携帯電話が握り締められていた。
「静雄、それ」
「メールきたみたいっす。」
さして興味無いという風を装う静雄に、トムは(なんだかなぁ)とやるせない気持ちになってくる。
静雄はそんなトムの生温かい目を気にも止めず、壊さないように気をつけながら携帯の新着メール画面を開いてみた。おそるおそる開いたそこには、勉学をほとんどしてこなかった自分には到底読めない様な、羅列されたアルファベットが並んでいる。何事かと思うものの、アドレスのすぐ下には更に仰々しい名前が記入されていた。

「りゅうがみね。」
静雄が呟いたその名は、よく聞きなれたものではない。昨日までは。
「どうした静雄。」
「え?いや、名前こんな長かったのかと思って。」
静雄の見当外れな答えに、トムは小さく溜息をつく。静雄の小さな呟きは、トムにも勿論聞こえてはいた。(相手も大変だな)と、トムはまだ見ぬ同僚の恋人に思いを馳せる。決して静雄は悪いやつではないのだが、だからこそ正直過ぎてしまうところがある。名前を忘れるだなんて事は、話す程度の人間でもやられて嬉しいものではない。名前はとりあえず忘れるな、と注意してやろうとトムは心中で呟く。
折角始まった関係なのだ。少しばかり静雄の背を押したところで、どちらにも悪い事はないだろう。
「良かったじゃねえか。夢じゃなかった訳だ。」
勿論夢なら大事である。トムとしては、静雄を精神科に連れて行くような面倒過ぎる面倒事を引き受けるつもりはなかった。
静雄はよほど長文なのか、暫く携帯を見詰めたまま俯いている。サングラスで表情は見えないものの、長年の付き合いから、トムには何となくではあったが静雄が喜んでいるように見えた。
「そうなんすかね。」
トムの言葉に、ずっと携帯を見詰めていた静雄が顔を上げた。先程、メールが来たと慌ただしく動いていた時よりも目に力が込められている。前髪から覗くこめかみにうっすらと浮いた血管を見つけて、トムは(どうしたんだ今度は)と椅子を幾分か後ろに下げて距離を取った。すぐに切れる静雄の隣を歩けるトムには、人並外れて危機管理能力に長けているお陰である。