この想いを
夜とはいえ真っ黒に染まりきらない都会の空の下、たくさんの窓ガラスを白く光らせたビルが建ち並んでいる。
けれども、灯りのついた部屋の中に人はいないだろう。
人々は混乱した様子で道を逃げている。
ビルと同じぐらいの大きさの怪物が暴れているのだ。
人間と似た形をした怪物。
だが、生き物ではない。
元は土人形だ。
土人形に息を吹き込んだのは、天使。
そして、天使の目的はグリモアの回収。
アザゼル篤史のグリモアは、現在、芥辺が持っているから問題ない。
しかし、ベルゼブブ優一のグリモアは……。
「!」
ベルゼブブは息を呑んだ。
その隣で、芥辺もアザゼルも顔色を変えている。
少し離れたところにいる怪物がなにかを捕まえて得意げに持ちあげている。
怪物の大きな手の中にいるのは、佐隈りん子だ。
佐隈はベルゼブブのグリモアを胸に抱くように持っている。
敵である怪物に捕まって、その大きな手に自由を奪われ、高く持ちあげられてるのに、それでも、決して手放さないという様子でグリモアを持っている。
「さ、さくちゃん……!」
アザゼルが動揺しきった声で名を呼んだ。
芥辺が歯を食いしばったらしいギリッという音も聞こえてきた。
ベルゼブブは黙って、動かないでいる。
ただ眼のまえの光景を見ている。
あの怪物が、いや、天使が狙っているのは、自分のグリモアだ。
グリモアが天使の手に渡れば。
ベルゼブブ優一は死ぬ。
それをわかっているからこそ、佐隈はあんな状態であってもベルゼブブのグリモアを手放さないのだろう。
敵の目的はベルゼブブのグリモアであって佐隈ではない。だから、グリモアを手放せば、佐隈は助かるだろう。
それでも、佐隈はベルゼブブのグリモアを胸にしっかりと抱いて、手放そうとはしない。
彼女は必死で、ベルゼブブのグリモアを、ベルゼブブの命を守ろうとしている。
それを感じ取る。
胸を激しく揺さぶられる。
もしも彼女がこの世から消えてしまったら、それを想像すると、心が引き裂かれる。
佐隈を助けたい。
強く、ベルゼブブは思った。
しかし、土人形を相手に暴露の力を使ってもムダだ。
だからこそ、天使は土人形に息を吹き込んで怪物に変え、こちらに差し向けてきたのだ。
怪物は佐隈の決意が強固なものであると察したらしい。
次の行動に出た。
捕らえて高い位置まで持ちあげている佐隈を、手放した。
「!!」
佐隈が落下する。
高い位置から、だ。
道に叩きつけられれば、きっと助からない。