この想いを
ベルゼブブは眼を開けた。
視界は霞んでいる。
だが、その霞は薄まり、やがて消えた。
佐隈の顔がはっきり見える。
泣いている。
その眼は赤い。
ベルゼブブをにらむように見すえている。
「次のベルゼブブってなんですか、それ」
感情の高ぶりのあらわれた声で言う。
「ベルゼブブ優一でなければ、意味がありませんから!」
きっぱりと告げた。
ベルゼブブは驚き、眼を見張った。
しかし、すぐに、その眼を細める。
佐隈が必死で守ったのはベルゼブブのグリモア、ベルゼブブ優一のグリモアだ。
役にたつ悪魔としてではなく、ベルゼブブ優一を守ったのだ。
それは同じ時間を共有してきた仲間としてからかもしれないが。
「……まったく」
ベルゼブブは口を開く。
「あなたというひとは」
痛む身体を起こした。
隣に座っている佐隈との距離が縮まる。
「あなたのために言わないでおこうと決めたことを、言いたくなってしまったではないですか」
手を伸ばす。
佐隈のほうへ。
触れたいと思う。
だから、触れる。
触れると、触れている指先だけではなく胸も温かくなる。
胸に、ある感情がわいてくる。
その想いを、言葉にする。
「私はあなたを愛しています」
もう口から出してしまった。
胸へと引きもどして、無かったことにすることはできない。
けれども、後悔はしない。
むしろ気分はすっきりとしている。
ベルゼブブは力強い声で続ける。
「そして、あなたに愛されたいと思っています」
胸の中にある想いをすべて伝えた。
そして、返事を待つ。
佐隈は黙っている。
だが、ベルゼブブはなにも言わずに返事を待ち続ける。
しばらくして。
佐隈が動いた。
無言のままである。
その身体が動いた。
ベルゼブブのほうへと。
倒れるように、身体が近づいてきて、距離が無くなる。
傷だらけのベルゼブブの身体に、血がつくのも気にせずに抱きついてくる。
これが佐隈の返事だ。
そう思った。
心が溶けるような感覚を味わう。
ベルゼブブは佐隈の身体を受け止め、少し笑った。