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さよならは言わない【臨帝】

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眠る帝人を臨也は見つめる。
掛け布団の上に寝そべる帝人。
目を細めて痛みをやり過ごす。
カメラを弄りながら『風景写真』を削除しようとする。
視界が歪んだ。
出来そうになかった。
帝人にこれを見せるつもりなどなかったのに消せない。

「誰にも見えなくたっていい……俺には見える」

この写真の中心には帝人がいる。
確かにいたのだ。
風景など興味はない。
楽しそうに臨也に笑いかけた帝人がいる。
覚えている。
波にはしゃいだ帝人がいた。
誰かが作った砂の城に興奮した帝人がいる。
どの写真にも――シャッターを押す瞬間には帝人がいた。
帝人は写真には写らない。
当たり前だ。

すでに死んでいるのだから。

その原因を思い出そうとすると自分の喉から理解不能の嗚咽がこぼれる。
視界は翳み、頭は煮える。
冗談ではない。

「帝人君のバカ」

どうして優しくてあげなかったのか。
どうして告白を受け入れなかったのか。
どうしてすぐに答えを出さなかったのか。

全てが手遅れになって、何もかも取り返しがつかない。

臨也は世界に絶望していた。
そんな日が来るとは思わなかった。
一人の命が重いと思い知る。

『さよなら、臨也さん』

それが最期の言葉などと認められるはずがない。
帝人はなんてことない別れの言葉だっただろう。
告白に頭が白くなった臨也には決別の言葉に聞こえた。
自分を好きだと言ったくせに答えなど聞かないで走って行く帝人。

「……ばか」

布団に倒れて横になっている帝人は少し透けて向こう側が見える。
掛け布団を掛けようにも帝人をすり抜ける。
死んでいるのだから当たり前だ。
帝人は地縛霊になっているのだろう。
臨也に囚われているのだ。
見えないなにかで繋がっている。
離れることは出来ず、帝人は意識もしていない。
帝人が疑問に思わないように臨也は常にそばにいるが突然走り出せば何もなくても足を止める。
それ以上帝人は動けないのだ。

帝人を抱きしめて温もりなどない身体に切なくなる。

帝人自身は自分が死んだことに気付いていない。
幽霊の事例など知らないが死んだことが理解できないからここに居るのだろう。
そして都合の悪いことには気付かない。
帝人は記憶の大体を失っていた。それをおかしいと感じていなかった。
臨也の周りのものだけを把握している。
自分が好きだったものも家族や友人のことも覚えてはいないだろう。

臨也は初め埼玉の実家に連れて行ってあげようかと思った。
それが帝人と自分にとって最善だと思ったのだ。
死んだ者は生き返りはしない。
不自然で悲しいだけだ。

(好きだった。好きだった。俺だって――)

それが遅すぎたものだと認めて、不自然さすら臨也は許容する。
波江に確かに目の前にいる帝人を否定されて確信したのだ。

(死んでなんかない。俺の中では、こんなにも)

帝人はここに居るのだと確かめるために抱き締め続ける。
小さく「好きだって言ってるのに」ともごもごと寝言が聞こえる。
死んだ自覚のない幽霊の寝言は素直だ。

「好きって言って欲しい?」
「ん……聞きたいです」

眠ったまま臨也に擦り寄ってくる帝人。
心残りがあるから帝人は成仏できないのだろう。
なら、臨也がすることは簡単だ。

「俺はさよならは言わないよ」
「んぅ?」

おでこにキスをすれば帝人はゆるんだ顔になる。
寝ているのか起きているのか分からない。

「絶対に言わない」

さよならは言えない。
きっと、永遠に。どれだけ経っても。

「愛の言葉もお預けだ」

ずっと一緒。いつまでも。

「俺に心を残せばいい」

それが出来ないなら連れて行けばいい。
臨也は思う。
このまま帝人に殺されて構わない。