ある日の出来事
仕事に行くために本部を出ようとして通路を歩いていたウォルターは、タッタッタッと自分の方へ向かってくる足音に気が付いて振り向いた。誰か、何か言い忘れたことでもあったのかと。つまり、自分に用事かと思ったわけだが、走ってきたのはアンディで、しかも辺りを見ることなくうつむいて走っていて、当然ウォルターには気付いた様子もなく、ただ一生懸命に走っている様子だった。赤いコートを着ていないし、カバンを持っていないので、仕事ではないのだろう。また迷子か何かだろうかと、ウォルターは思った。
「おい、アンディ、待てよ」
通り過ぎようとしたところを、腕をつかんで止める。どこに行こうとしていたにせよ、確実にこちらの方向ではないだろう、と。
「ウォルター」
アンディがはじかれたように顔を上げて、目を大きく見開く。
おいおい、目ん玉こぼれ落ちそうじゃん、なんて思ってウォルターは苦笑する。
「仕事じゃないんだろ? どこ行く気だよ」
「え……? こっちは……」
「外だよ。このまま行くと」
「あれ……おかしいな」
「おかしいのはおまえの方向感覚!!」
ついはっきりそう言うと、アンディがむすっと押し黙る。
シーン。
アンディの腕を放して、ウォルターは困ったとぽりぽり頭をかく。あんまりはっきり言い過ぎたかと。
だが、アンディは顔を上げると、無表情に大きな目でじっとウォルターを見上げて尋ねた。
「ウォルターはこれから仕事?」
「ああ。ダリぃけど」
「……」
また黙って視線を逸らしてしまったアンディの顔には、まるで置いていかれるこどものような、焦りと不安と悔しさと……そんな複雑なものが読み取れる。ウォルターだったら一言で『ちぇっ』と言っただろう。だけど、それだけでなく、どんよりとした空気を身にまとっていた。ウォルターには、理由はわからないものの、それはわかったので、声をやさしくして言ってみた。
「みやげとか、いる?」
「え……」
アンディがきょとんとしてウォルターを見上げる。大きく目を見開いて、ぽかんと口を開けて。複雑な感情も、どんよりした空気も消え去って。本当に意外だったらしく、何を言われたのか理解することに時間を費やしているようだった。
少しして、ウォルターを見つめるその目を細くして、まるで警戒するように恐る恐る言った。