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四谷 由里加
四谷 由里加
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痛みを知らない奴だけが、他人の傷を見て笑う。

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痛みを知らない奴だけが、他人の傷を見て笑う。
(by.シェイクスピア)





「あーあ。つまんなーい!なんで俺みたいなのに、帝人ちゃん以外の女はみーんな引っかかっちゃうかなぁ?」

くるりと身軽そうに回りながら、男は、そんな言葉を口にした。
瞬間、蔑むような目で隣を付いてくるソイツを一瞥して。僕は隠しもせずに、盛大に舌を打つ。

「舌打ちする帝人ちゃんも可愛いね。」
「………あなたの目は節穴ですか。」

この、ただの顔見知り(チャットではそれなりに付き合いも長いしよく絡むが、リアルではそんなに接点がなかった筈)の綺麗な顔の男は、毎日毎日飽きもせず、僕の帰路で待ち伏せるのだ。
僕みたいな、どこにでもいる普通………よりちょっと貧相な女子高生に付き纏って、一体何が楽しいんだろうか。
割と弾んだ…軽いスキップみたいな歩き方で、今日も男は、僕の隣を付いて来た。

人通りが少なくて良かった。
こんな、往来で微妙なスキップをしながらくるくる回ってるような(しかも全身真っ黒な)大人と同じ人種だと思われるのは、人生の汚点だもの。
再び、忌々しげに舌を打つ。
すると、彼は僕のそんな行動に対して、満足気にニヤリと笑った。とっても悪い、顔だった。(舌打ちされて喜ぶなんて、お前マゾか!)

反抗的な態度を取れば取るほど、僕は、この男に気に入られていってしまっている気がする。(勿論、遊びがいのある玩具として、だ。)
―――女にこんな辛辣な態度を取られるのは、もしかして…初めて、なんだろうか。
だけど…助手の人って………あれ?

「…あの、僕以外にも波江さんが居るじゃないですか。引っかからないって点では。」
「あー…、波江は最初から俺の本性知ってたからねぇ。それに、彼女は弟以外に興味が無いし、俺も口説いてみたりはしてないよ。」
「………はぁ、そうですか。」

別に特に知りたかったわけじゃない疑問が、ひとつ解決した。
…どうでも良いけど。

「俺、君には結構友好的に接してきたつもりなんだけどなぁ。」
「あなたには関わるなって言われてたので。」
「……あぁ、紀田君?」
「さぁ…?どうでしょうね。」
「でもさー。普通の女なら、俺が危険だって聞いてたとしてもだよ?ちょっと甘い言葉吐いて見せただけで、コロッと馬鹿みたいに騙されるのに。シズちゃんと喧嘩してるのを見て腰抜かしてた女に声かけてみたんだけど、最初怯えてたのにすーぐ靡いちゃって。全ッ然面白くなかった。」
「………それは…被害に遭われた方、お気の毒に…」

まぁ、顔だけは良いからなこの男。大抵は、その裏を読めずに…外面だけに騙されるのだろう。
よしんば、疑ってかかったとしても、きっと。そう時間が掛らない内に、この男の術中にとらわれてしまうに違いない。

後は…、それを態度に出すか、出さないか。―――彼の興味は恐らく、ソコにある。

「ねーねー、帝人ちゃん。世の女達は、俺の何処がそんなに良いんだと思う?そして、君は俺の何処が良いと思う?」
「知りません。っていうか、興味無いんで絡まないで下さい。」

ピシャリとそう言い放ち、以降、何も喋らずに黙々と歩き続けている、と。
彼は、僕の隣数センチの、非常に近い距離をキープしたまま…不意に、綺麗な顔をこちらへ向けた。肩が彼の腕に、触れてしまいそうな距離。
そんな近い距離で、赤みがかった目に…ジッと、見つめられる。すべてを見透かすかのような、不気味な視線。鼓動が、不規則に跳ねる。自分の視界にチラチラ入るので、それを無視は出来なかった。


「……………あの、臨也さん。」
「ん~?」


―――…沈黙に、耐えられなくなって。
顔に熱がいき、赤くなってしまう前に。彼の、そして自分の…意識を逸らす必要があった。
あちらから、僕の表情は丸見えだろうから。(あっちから見えなかったら、大丈夫なのに!)

「どこまで…付いて来る気、ですか。」
「帝人ちゃんの家かな?」
「あなたにウチの敷居は、二度と、跨がせません。」
「もぉっ、イケズ!太郎さんったらつーめーたーいーッ!甘楽泣いちゃうゾ☆」
「黙れネカマ。リアルでそれは公害ですよ。塒じゃなくていっそ土に還れ。」
「―――て…、手厳しいね…帝人ちゃん…」
「あっ、元々存在自体が公害でしたね。すみません、うっかりしてました。」
「…俺だって人間なんだから傷付く事だってあるんだよ?」
「え…っ?あなた人間だったんですか?」
「いや…、そっち?傷付く云々じゃなくて、そっちなの?」
「驚愕の新事実だったので、つい。…でも、あなたみたいなのが人間を名乗るなんておこがましいので、やめて下さい。」
「そんな本気で否定しないで。毒舌を更に重ねないで。」
「ごめんなさい。なにぶん、誰かと違って正直者なので。…誰かと違って。」
「ぅ、うわぁ……強調しちゃうんだ、そこ。」
「あはは、自分にも正直なので。」

軽口と本音を交えた自分の言葉達に(例え、ポーズであったとしても)予想外に打ちひしがれる彼に、知らず知らずの内に気分を良くして。いつの間にか、表情筋が( 、ガードすらも)緩んでいた。

そこに、その隙間に…するりと入り込んでくる、(付け込んでくる、)甘い美声。

―――誘惑。策略。…悪意。



「あぁ…やっと笑ってくれたね…、帝人ちゃん。」



ギクッとした。柔らかくなっていた表情が、瞬時に強張る。
甘い声と甘い言葉に、心臓は普段の三割増しのスピードで血液を送り出し始めるのを感じて。絶望にも似た感情が、心を覆う。

(嗚呼、もう… さ い あ く だ 。)

何が最悪って、こんな最低な絡まれ方とやり取りをしているのに…―――嬉しい、楽しいって思っちゃう自分が、だ。

…笑うつもりなんて、ホントは無かった。
彼は自分に靡かない(…ホントは靡いちゃってるんだけど…ね。)僕が、つれない態度を、冷たい態度をとり続けるのが珍しくて、執拗に絡んでくるのだ。

ただそれだけ、なのに。
どこかに―――もしかしたらを期待する心がある。

けれど理性はそれを食い止めてくれていて、(自分が傷付きたくないが為に、)彼を突き放し続けている。
人間観察が趣味で生き甲斐のこの男ならば、どうせ…こんな僕の心の内など既にお見通しの筈だ。いい加減、この反応にも飽きていい頃だろうに、一向に離れていく気配がみられない。
―――という事は。
これはもう、僕がこの男に対する、いわゆる“デレ”を見せ始めるまで…、付き纏い続けるつもりなのだろうか。(悪趣味な暇人め…!)

「…思わず手が出そうになるぐらい鬱陶しいので、隙あらば甘い言葉吐くの、止めてもらえますか。」
「どうしてかな?」
「欺瞞に満ちた言葉なんて、反吐が出る。不快なんです。」
「うん。じゃあ、本心からの言葉だったらいいんでしょ?俺は君が好きだから、“愛してる”から顔が見たいし、どうせなら笑顔が見たいの。」
「 、もう色々めんどくさいのでスルーします。」


………こんな事なら、最初にちょっと靡いた所を見せて、早々に興味を失ってもらうべきだった。
(こんなの―――…余計に、辛いだけだ。)
(だけど、どこかで…、)(このままを望む自分も、居るのだ。)