二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

「この夜に全ての想いを」1 : 謝肉祭~外伝(仏日)【改題】

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

2.


「介抱して下さったことには感謝しますが、そんな言葉が信じられると思うんですか?よくも、こんな──」
 菊は声を詰まらせた。
 唇を噛みしめ、涙を滲ませた黒い瞳は傷ついた獣のようにフランシスを睨みつける。
「……帰ります。もうこんなところには一時もいられません」
 そう言ってシーツを堅く巻き付けたまま菊は立ち上がった。すぐそばの椅子の上には先ほどまで着ていたはずの着物が無造作に引き掛けられている。
「待って行かないで、菊!……頼む」
 はっと身を堅くした菊をフランシスが後ろから抱きしめた。
「……離して下さい」
 振り向きもせずに冷たくそう言い放つ──つもりだった。だが胸の鼓動は押さえきれない程激しく打ち、シーツを握りしめた掌にはじわりと汗が滲む。手も微かに震えた。声にも動揺が現れてしまったかも……フランシスに気づかれただろうか?
 感じているのは恐怖でも身の危険でもなく、戸惑い。
 そのことが菊を苦しめた。

 何でこんなことになった?私に隙があったから?
 何でこんな風になる?こんな反応おかしい!そんなはずない!だって私が好きな人は一人だけなのに、この人にそんな反応なんかするはずがない!おかしい!そんなはずない!
 必死で自問自答するが答えは出ない。

「……愛してる菊、お前が好きだ」
 後ろから抱きしめたフランシスが耳元で囁く。
 その瞬間、意識がふわりと白っぽくなり、体が震えた。自分でもどうしようもない。菊は本当の自分がどこにいるのか、分からなくなった。
 うそだ、こんなことあり得ない!──心の奥で叫び、自分を責め、彼を求めようとする自分を必死で否定する。自分は本当に好きな人以外にそんな反応なんかするはずない──!
 これではまるで飢えた獣のようではないか!二度と自分を抱いてはくれない人の代わりに、この人に抱かれることで、飢えを満たせるとでも思っているのか?
 心なんかなくても、肉体の欲求さえ満たされればそれでいいのか?自分はそんな浅ましい獣に成り下がってしまったのか──?

 思いとは裏腹に体は言うことを聞かない。まるで自分が自分でなくなってしまったように、五感全てが彼を求めているのを否応なく意識させられる。

 甘い囁きと生温かい吐息に耳から犯される……細くて柔らかな金の髪が柔らかく首筋をなでる。
 背後からは高まる彼の胸の鼓動が、熱い肌の温もりが伝わってくる。
 いやが上にも高まる自分の胸の鼓動も隠しようもなく、フランシスにも伝わっているに違いない。
 ……そう思うだけで、息が苦しくなる。

「言ったでしょう。そんなこと……信じ…られない」
 やっとの思いで喉の奥から絞り出した声は震えて掠れ、ろれつも回らない。きっと彼の耳にも虚ろに響いたに違いない。
 『言ってることと、してることが違うよ、菊』今にもそんな言葉が返ってきそうだ。だがフランシスは茶化したりはしなかった。
「たとえ信じてくれなくてもいい。でも菊、俺はふざけてるわけでも冗談を言ってるわけでもない。……好きだ、菊。他の誰でもない、お前のことが。
 ずっとお前だけを見てきた。お前も……気が付いていたんだろう」

 本当は以前から薄々気が付いてはいたのだ。だがどうしてもそれを認める訳には行かなかった。
 個人的にそれ程親しい間柄だった訳でもなく、二人が顔を合わせるのは世界会議くらいだったが、そんな折りにはしばしば彼の視線を感じてはいた。
 わざと気が付かない振りをしていた訳ではない。視線を感じ取る事自体を無意識に避けていたのだ。
 自分にはアーサーという心に決めた相手がいる。彼は菊にとって初めて己の全てを捧げ、委ねる事の出来た只一人の人間であり、掛け替えのない生涯ただ一人の人だ。
 向こうにしてみれば、今はただの親友で相談相手であっても、菊に取っての彼の存在は、これまでと少しも変わりなかった。
 たとえそれが一方的な思いであったにしても、他の人間からそんな視線を向けられることなど、あってはならない事だったのだ。

「し、知りません、そんな事。放して下さい──」
「……俺のことが嫌いか、菊?」
 心の奥を見透かされたような言葉が菊を追いつめる。
 ためらう事なく『そうです』と答えるべきなのに、喉がカラカラになって貼り付いたように声が出ない。
 力任せに拘束されている訳ではなく、ただ柔らかく抱きしめられているだけで、逃げようと思えばできるのに、自分はなぜフランシスの腕を振り払わないのか──

「……わ、私には好きな人が、いるんです。だ、から──」
 幾つかの言葉が途切れ途切れに零れ落ちたが、弱々しく説得力の欠片もないと自分でも分かっていた。
「分かってる、お前の好きなのは──」
「言わないで!分かってるなら……もう、いいでしょう?」
 菊は鋭く遮った。
「……放して、もう私を放っておいて下さい!」
「いやだ」
 フランシスはただ一言、静かにそう答えた。
「何で、そんなに私を……!何が嫌だっていうんですか?」
 突然体の自由を取り戻したかのように、菊は激しくもがいてフランシスの腕の中から抜け出そうとした。
 だが今度は彼の方が逃がそうとしなかった。あの優男の、どこにこんな力が潜んでいるのかと思う程の力で拘束して放さない。
 「もうやめて下さい!……お願いです」
 菊は突然抵抗をやめると、力なく腕を垂らし俯いた。叫んだのが最後の抵抗だった。
「そんな風に私を虐めて、何が楽しいんですか?あなたにいったい何の得があるって言うんですか……!」
 菊は啜り泣いた。零れた涙が、体から半分ずれ落ちてしまったシーツに落ち、ひとつふたつと染みを作っていく。
「……好きだ、菊。
 お前を虐めるつもりなんか少しもない、好きでたまらないんだ……もう、お前を放したくない。決して冗談半分なんかじゃない、神に誓ってもいい。お前を愛している。
 それともそんなに俺のことが嫌なのか?……なら、無理強いはしないよ。
 ──愛してるんだ、菊」
 最後は聞こえるか聞こえないほどに声を落とし、フランシスは耳元に息を吹きかけるように囁きかけた。
 か細い肩が震え、また新たな涙がこぼれ落ちる。
「あなたは狡いですよ、フランシス。そんな風に言われたら、私は──」
 菊はまたしゃくりあげた。フランシスは何も言わない。
「私は……どうしたら……」
 その時、背後から堅く抱きしめていた腕がそっと離れる気配に、菊ははっとした。
「……言ったろう、菊。無理強いはしないと」
 放してもらって安堵したはずなのに、心の中に生まれたのはなぜか深い喪失感──フランシスの言葉は続いている。
「気持ちは分かるよ、菊……だから、あいつのことを忘れろだなんて野暮なことは言わない。だがほんの片隅でもいい、俺もお前の中に置いてくれないか?」
 黒い瞳に再び涙が溢れ、流れ落ちた。
 音もなく深々とした夜の闇の底に沈む深夜のホテルの一室で、菊はそっと振り返ると、黙ってこちらを見るフランシスの菫色の瞳に視線を合わせた。