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B.R.C 第一章(1) 闇に消えた小さき隊首の背

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#00.中央四十六室【B】



 護廷十三隊十番隊隊舎。
 副隊長を除いて、末端の隊員まで指導が行き渡り、他隊から真面目と称される彼らが珍しく騒ぎ出したのは、始業から一時間が経った頃だった。
 走らせていた筆を置き、十番隊隊首日番谷冬獅郎はガタンと音を立てて椅子を引くと、ゆっくりと立ち上がる。

「隊長っ!」

 それとほぼ同時、執務室の戸が荒く引かれた。
 舞う豊かな金の髪が覗く。

「何事だ、松本」

 十番隊副隊長松本乱菊は、美と称させる貌(かんばせ)に焦りの色を浮かべて、何かを伝えようと口を開く。しかし、それは言葉を紡ぐ前に、はっと閉じられた。
 日番谷は松本の背後に翡翠の目を向けた。

「失礼する」

 凛とした響きが空気を振るわせる。
 場の雰囲気は「困惑」から「緊張」へと塗り替えられた。
 松本が入口を塞ぐように立つ身をゆくっりとずらすと、新たに三人が執務室へと押し入って来る。

「砕蜂」

 日番谷は、その先頭に立つ同僚の名を呼んだ。
 二番隊隊長兼隠密機動総指令官である砕蜂と、その副官である大前田。そして、その二人に挟まれて緊張と不安の表情を浮かべているのは、十番隊の隊士だった。

「十番隊第十四席桐沼賢吾(きりぬま けんご)。その身をただ今を持って、二番隊に引き渡してもらう」
「ずいぶんと急な話だな。桐沼に、二番隊が何の用だ」

 そう問う日番谷の眼差しは鋭い。

「問うても無駄だ、日番谷。これは二番隊の決定でも、総隊長の決定でもない。貴様に出来る事は、何一つない」

 すう、と日番谷の目が細められる。ただでさえ深く皺を寄せていた眉根がいっそう寄せられ、その影を濃くした。

「中央四十六室、か……」

 忌々しく、まるで呪詛のように吐き出されたそれは、この世界において最高司法機関にあたる。
 彼らの言葉は絶対だ。彼らが黒と言えば、白も黒となる。それは総隊長であっても、引っ繰り返すことは出来ない。
 ギリ、と強く噛み締められた奥歯が音を立てる。

「隊長……」

 松本の呟きのような呼びかけに、床を睨みつけていた瞳を上げる。

「桐沼は何故四十六室に呼ばれた? 何の罪に問われる?」
「隊長! 俺は何も……っ!!」
「わかっている」

 日番谷の口から「罪」という言葉が紡がれた時、今まで口を噤んでいた桐沼がひゅっと息を呑んだ。
 自分が心から慕っている隊長に疑われる。それはとても耐え難い事だった。故に、咄嗟に声を上げた。悲鳴にも近い声だった。
 俺は何もしていない。
 その悲鳴を、日番谷は皆まで言わせずに切った。

「わかっている」

 日番谷はもう一度、ゆっくりと繰り返す。
 それだけで、桐沼には十分に伝わった。日番谷が、自分を疑ってなどいない事を。信じてくれている事を。
 思わず乗り出した身を、大前田に強く引き戻されたが抵抗することはなく、桐沼はほっと安堵の表情を浮かべた。
 信じてくれる人がいる。その事が、どうしてだかこんなにも心強い。

「砕蜂」

 日番谷は桐沼に向けていた視線を砕蜂に戻した。その呼びかけは、先の問いの答えを促すもの。

「知らん」

 突き刺すような視線に向かって、砕蜂は毅然とした態度のまま、実に簡潔に答えた。

「知らんって……」

 呆然と松本が呟く。

「知らんものは知らん。中央四十六室は総隊長に十番隊十四席を地下議事堂へ連れて来るように命令を下し、総隊長は我々二番隊にそれを命じられた。ただそれだけだ」
「そんな……っ!」
「私たちにはそれだけで十分だ。中央四十六室の言(こと)は絶対なのだからな。何をどう騒いでも無駄だ」

 どうせ、どうにもならないのだから、と聞こえた気がした。
 まだ言い募ろうとした松本を視線一つで黙らせ、砕蜂は身を翻す。

「行くぞ」
「へーい」

 大前田を促し、砕蜂は執務室を後にした。

「桐沼」

 彼らが消える前に、日番谷は部下の名を呼ぶ。
 中央四十六室の名を聞いたからか、桐沼の目には絶望の色が濃く浮かんでいる。けれど、彼はくしゃりと微笑んだ。

「行って来ます、日番谷隊長」

 ゆっくりと噛み締めるように、そう紡いで、一礼する。
 強く、皮膚を傷つける程に強く握りしめられた拳は、深く頭を垂れた彼の目には映らなかった。

「―――ああ。行って来い、桐沼」

 それは、精一杯の言葉。

「はい」

 頷いた桐沼を、大前田が歩くように急かす姿を最後に、執務室の戸は閉められた。
 彼女たちの霊圧が執務室の前からも、隊舎の中からも消えてからしばらく、

「―――――っ、クソ……!」

 苦く吐き捨て、日番谷は握りしめていた手を開き、その顔を覆った。

「情けねぇ……、部下一人助けられなくて、何が隊長だ」
「隊長……。あたしだって、何も……」

 隊長格と言って、多くの死神たちから尊敬の念を向けられる二人だが、権力の下ではこうも無力だ。
 重い沈黙。たった三十分にも満たない間に、十番隊隊舎全体が暗雲に包み込まれたように薄暗くなってしまった。

「ねぇ、隊長。これって……」
「ああ。……ついに、十番隊もか」

 ソファにドサリと腰を下ろし、苦渋の表情で膝に頬杖をつく日番谷。
 松本は給湯室へ向かい、ほどなくして湯気の立つ湯呑を二つ盆に乗せて戻ってきた。
 コトリ、と置かれた熱いお茶を一口含み、日番谷は重い溜息を吐いた。