B.R.C 第一章(1) 闇に消えた小さき隊首の背
#01.帰らぬ隊士【B】
桐沼が中央四十六室へと引き渡された翌日、日番谷の元を訪れた者が三人。
「やぁ、日番谷隊長」
「邪魔するよ」
「失礼いたします」
昨日のことがあったからか、珍しくサボることなく筆を手にしていた松本が、顔を上げて「あら」と目を丸くする。そして、日番谷の方を見て、
「隊長、お茶にしましょう」
と席を立った。
常ならば「ふざけるな」やら「仕事中だ」やら反論が来るところだが、こちらも珍しく「ああ」と一つ頷いてソファへと移動する。
促されるままに日番谷の隣に浮竹が、向かいに京楽と伊勢が腰を下ろした。
まず口を切ったのは京楽だった。
「聞いたよ。こっちでも出たんだって?」
「ああ、昨日な。十四席の桐沼が連れて行かれた」
途端、苦い表情を浮かべる日番谷。その手が袴を強く握り込んだのを、浮竹が沈痛な面持で見やる。
「これで十五人目か」
「それに、これで全隊員から最低一人、中央四十六室に呼び出された事になります」
「そして、未だ一人も帰って来てない、と」
四人の溜息が重なった。
それから一拍置いて、松本が給湯室から戻って来た。それぞれの前にお茶を差し出すと、自分の分の湯呑を両手で包むようにして持ち、日番谷の横に、ソファの背に凭れるようにして立つ。
「確か、一人目は三番隊だったな」
前に置かれた茶を手に取り、日番谷が言う。
「ああ。時期は三カ月程前だ。特に罪状を言い渡すでもなく、二番隊が引き立てたはずだ」
「桐沼もそうだ。罪状はなく、連れて来いとだけ言われたらしい」
「僕のところもだ。というより、十五人全員が同じようだね」
これまで、中央四十六室に突然呼び出された隊士は、七番隊と十二番隊に二人、他隊に一人ずつの計十五人。彼らに共通して言える点は、突然の呼び出しであることと、全員席官であること、そして、未だ帰還していないこと。
「彼らは、一体何のために連れて行かれているのでしょうか」
「そうよね。罪状がないのだから、裁いているわけではないんでしょうけど、じゃあ、あそこで何をしているのって話よね」
伊勢の言葉に、松本が頷く。
「あそこは司法機関だろ。裁判以外の何をするってんだか」
「帰って来ない隊士たちは幽閉されているのだろうか」
「どうだろうね。生きているのかも怪しいもんだ」
「隊長!」
部下想いで有名な浮竹と日番谷だ。暗にもう死んでいるかもしれないと言われて、浮竹は表情を暗くし、日番谷は眉間の皺を深くする。
それを見て、伊勢が窘(たしな)めるように声を上げた。
「いや、京楽の言う通りだ。その可能性は高い」
そんな彼女に、浮竹が言う。それに、日番谷も頷いて同意した。
「まったく、無力なものだ。隊長なんて」
自嘲する浮竹の言葉に、誰も返すことは出来ない。
ここに居る全員が、否、他にも多くの隊長格が、それを痛感していることだろう。
彼らにとって、中央四十六室はどこまでも高い壁のような存在だ。
「三カ月前から急に、ですよね。何か、きっかけになるような事ってありましたっけ?」
松本が、ズズズとお茶を啜る。
「いやぁ、特にないんじゃない? ここのところ平和だからねぇ」
「強いて言うなら、虚の出現が増えた、とか」
「そうなのかい?」
口元に指を添え、思い出すように呟いた伊勢に、浮竹は目を丸くした。
「はい。涅隊長がそう言っていたと、涅副隊長から聞きました」
「ああ、そういえば。前に女性死神協会の集まりの時に言ってたわね」
思い出した、と松本が声を上げる。一方、日番谷は顔を顰めた。
「そんな報告は聞いてねぇな」
「増えたと言っても微々たるものだそうです。こういったことはたまに起こるとも言っていましたし、報告するまでもないと思われたのではないでしょうか」
「何が手掛かりになるかわかんねぇんだ。勝手に判断すんじゃねぇっての」
「まぁ、涅隊長だからねぇ」
あの男は、興味のない事には驚くほど無関心だ。
「俺たちが勘付かないくらいだ。本当に、そう大した数の変化ではないんじゃないか?」
一つ頷いて、浮竹が言う。
「何か、変わった虚とか居なかったんですか?」
「いや……。報告を聞く限り、気にかかるような奴は居なかったな」
松本の問いに、日番谷は首を振る。
十番隊が担当した虚も今までの奴らと同じで、変異種であるどころか巨大虚ですらなかった。
「じゃあ、本当に関係はなさそうですね」
手掛かりにはならないと見て、松本は肩を落とした。
「相手が中央四十六室じゃ、下手に動けないしね。まったく、まいったね、どうも」
あまり派手に動いて中央四十六室に目を付けられたら問題だ。自分だけならまだしも、隊士たちまでも巻き込みかねない。
故に、多くの隊長たちは手を出すことなく、騒ぎたてることなく、ただ、中央四十六室の意に従うしかない。内では、どれほどの憤りを感じていたとしても。
「これ以上被害が出ないように、祈るしかない―――、か」
浮竹は天を仰ぎ、他はそっと目を伏せる。
不意に、しん、とした室内に、コンコン、と軽い音が響いた。続いて、十番隊隊士が名乗り、書類を持って来たと告げる。
「じゃあ、僕らはこれで」
「長居して悪かったね、日番谷隊長」
それをきっかけに隊長二人が立ち上がり、続いて伊勢が席を立った。
戸を開けた先に居た隊士は、隊長格が三人も出て来たことに驚き、わずかに身を強張らせた後、慌てて道を開けるように壁際へと後退した。
浮竹、京楽と続き、最後に伊勢が一礼して執務室を後にする。
彼らの背中と、執務室の二人とをキョトキョトと交互に見やって、書類を抱えた隊士は首を傾げるばかりだった。
作品名:B.R.C 第一章(1) 闇に消えた小さき隊首の背 作家名:百麿万