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彼が彼女になったなら④

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この身体になってからどれくらいの時が過ぎただろう、数えることは止めたから正確にはわからないが、早一ヶ月と言った所だろうか。
あれから俺は、くよくよ悩む事は止めた。
悩んでいてもしょうがないし、何と言っても佐藤くんと言う心強い理解者が居ることに安心したから。
ここはポジティブにいこうじゃないか、うん。


そこで、嫌な事ではなく、逆に良くなった事を考えてみた。
…考えてみたが、然程思いつかなかった、所詮はそんなものだ。

とりあえず良かった事その一、伊波さんに殴られなくなった。
最初こそ条件反射に殴られたりもしたけれど、今では世間話が自然とできる程に成長した。
携帯という媒介を通してではわからなかった彼女の優しさを直に感じることができ、俺の中での伊波さんはもう恐怖の対象ではない。
逆に元の身体に戻った時がどうなることやら、と考えただけで背筋が凍る思いだが、そこはあまり考えないことにする。

そして、もしかしたら伊波さんに殴られなくなったことより良かった事。


「あっ」

指先に走るぴりっとした感覚に眉を顰める。
案の定赤い線が浮かび上がり、途端に痛さが全身を駆け巡る。
やっちゃった、と思いながら、取りあえず消毒しとこうなんて思って振り返ると、そこには今し方勤務に就いたばかりの佐藤くんが驚いたような面持ちで立ち尽くしていた。

「あ、佐藤くん、おはよー。俺ちょっと指切っちゃって、」

ちょっとここ離れるね、なんて紡ごうとした言葉を遮るように、勢いよく手首を掴まれた。
突然の事に指を切った時よりびっくりして、情けなくも小さく悲鳴を上げてしまう。
そんな事にお構いなしの佐藤くんは、俺をただただ引っ張って行くだけ。
掴まれた手首に力が籠っていて、正直包丁で傷付けてしまった指より痛い。
手首に少しだけ食い込む爪に、佐藤くんは気付いていないのだろう。
それに彼の背が何だか声を掛けずらい雰囲気を醸し出していて、何か言おう、と意を決して開いた口を再び閉じさせる。
何も言葉を掛けてくれない事が、こんなに恐ろしい事だとは思わなかった。

「…あの、佐藤くん、どうしたのいきなり」

恐る恐る見上げた佐藤くんは、俺の声に(かどうかはわからないが)漸く振り返り、少しだけ歪んだ表情を見せた。
何か気に障る事でもしちゃったかな、なんて不安と恐怖からびくびくと身体を震わせる。
でも今日は先程厨房で会ったのが最初だから、何かしたどころが話すことさえしてないんだけど、とぐるぐる頭を回転させる。
佐藤くんに静かな怒りを向けられる事は多々あるけれど(主に轟さん関連で)、突然訳のわからない怒りを垣間見せられたのは初めてだ。
…怒り、で合ってるんだよね?

「手」

「え?」

「手、出せって言ってんだよ」

差し出された手にクエスチョンマークを浮かべていると、それをもどかしく感じたのか苛々した面持ちで強引に手を引かれた。
握られた手が思わず熱を持ち、伝染したかのように全身が同じように熱を持ち始める。
しどろもどろ目線を動かせると机の上に置かれた救急箱が目に飛び込んできて、ああ、自分は指を切ったんだっけ、と思い出して漸く合点がいく。

作品名:彼が彼女になったなら④ 作家名:arit