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彼が彼女になったなら④

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「ねぇってば、佐藤く、」


「佐藤さん!相馬さんを放してください!!」


突然の甲高い大声に、俺と佐藤くんは同時にお互いから距離を取る。
佐藤くんは、我に返ったといった様子で顔を真っ赤にさせていた。
きっと彼の意図しない咄嗟の行為だったのだろうと悟る。
でも、何が彼をその行為に走らせたのだろうか。

「佐藤さん、山田は失望しました…八千代さんという人がありながら、相馬さんにまで手を出すなんて!」

「いやいや、佐藤くんはヘタレだから、まだ轟さんに手は出してな…じゃなくて、あのね山田さん、これはそうじゃなくて…」

「いいえ、何処からどう見ても佐藤さんが、相馬さんに言い寄ってるようにしか見えませんでした!」

「いやだからね、違くて…そう、俺が躓いて転びそうになった所を佐藤くんが助けてくれただけで…」

「違います!佐藤さんがいきなり相馬さんを抱き締めたのを、山田はこの目ではっきりと見たんですから!」

「えっと…どこから見てたのかなぁ山田さん?」

「佐藤さんが相馬さんを泣かせた所からです」

「そんな前から…っていうか、それ勘違いだから、くれぐれも言い触らさないで…って山田さん!?ちょっと何処行くの!山田さーん!」

早速スタッフに触れまわろうとする山田を慌てて追いかける。
しかし、それを阻むように佐藤くんが再び俺の腕を掴んだ。
先程の事も重なって、思わずどきりと跳ね上がる心臓に縮こまる身体は、最早条件反射だ。

「さっきは、その…悪かった」

「い、いいよそんな、謝らないで?俺気にしてないから、佐藤くんも気にしないでよ。何かああいう事あるよね~、時々無性に何かをぎゅーって抱きしめたくなる時って言うの?俺も時々だけどそういうのあるからさ、ほら、抱き枕!あれって便利だよね。そういう時役に立つし、寝る時とかそんな衝動に駆られる事あるでしょ?って言うか、そうすることによって安眠出来るっていうか、だからむぐっ」

「…本当に悪かった」

饒舌に喋るという俺の照れ隠しに気付いたのか、佐藤くんが居た堪れなくなったように俺の口を掌で塞ぎ、これでもかと言う程真っ赤にさせた顔を下に向けていた。
どうやら一番恥ずかしいと感じていたのは、佐藤くんだったようだ。
俺も俺で、胸の前で作っていた握り拳を静かに下ろす。
再び沈黙がこの空間を襲い、赤面した顔を隠すように瞳を逸らした。

「…あ!それより、山田さん!もう遅いよね、言い触らしちゃってるかな…」

しょんぼりと溜息を吐くと、たどたどしく頭に手を乗せられた。
数度撫でられる感触が心地よくて、されるがままにしておく。

「別に、いいだろ」

「え?でも、やっぱり世間体的にはちょっと…俺、一応は男なわけだし…それに、轟さんに勘違いされちゃうかも」

「別に構わねぇし」

「え…轟さんに勘違いされたら困るのは佐藤くんだよ、だから否定しとかないと、」

「いい、もう説明すんの面倒くせぇし」

「いや、良くないでしょ。そんなだから、いつまで経っても轟さんに告白できないんだよ」

「煩ぇ、黙ってろ」

「いたっ、痛い頭割れるっぐりぐりは痛いよっ!」

いつも通りの光景に少しだけ安堵を覚えると同時に、ちょっとだけ、あとほんの少しだけ、この時間が続いてほしいと願った。



(神様、煩い心臓は、一体何を意味しているのですか?)
作品名:彼が彼女になったなら④ 作家名:arit