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グラスの底にレモン

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グラスの底にレモン

 いい加減、覚悟を決めろと言うことか――――巽完二は、つばを飲む。さながら緊張を共に嚥下するような意味合いを持つ行動ではあったが、緊張がそれで消えてくれるはずもなく、寧ろ高まるばかりである。
 メニューをもつ指さきに、微かに汗が滲む。
 可愛らしい装丁の小さなメニューには、様々な洋菓子の写真がならんでいる。オーソドックスなイチゴのショートケーキや、ガトーショコラ。モンブラン。ふわふわのクリームがたっぷりのったシフォンケーキやベリー系のパイ。チョコレートやマロンなどのパフェ。テーブルのすみにはポップがあり、オレンジ色をしたカボチャのタルトや栗系のスイーツなど、美味しそうな季節のスイーツを紹介している。ケーキと紅茶・或いはコーヒーのセットで、千円ちょうど。高いのか安いのかはいまいちピンと来ないそれと、メニューとを交互に眺め、ため息を漏らす。
 甘いものは嫌いではない。むしろ、好きなほうだと思う。実際場所が場所でなければ、…人目の無いところであれば、あれこれと躊躇無く手をつけているところだったのだが、そうもいかなかった。シフォンケーキにフォークをさしてうっとりするのは女性ばかりではないが、暑苦しい男ふたり、穏やかな秋の日曜午後に何が悲しくて女性客ばかりのケーキショップで、三時のおやつを頂かなければならないのか。せめてテイクアウトだったら良かったのに、と再びため息を漏らすと、大和が首を傾げる。レモン水のグラスのストローを指さきで弄びながら、完二甘いもの嫌いじゃないよね?などと言い、ますます完二を憂鬱にさせた。先ほどから他の客の目をひいていることに気付いていないのか、それともはなから無視を決め込んでいるのか分からないが、大和は平然としている。大きな身体を心なし縮こまらせるような、どこか申し訳ないような思いで、完二はメニューをめくった。

「俺ねぇ、このプリンにしようかなって…最近プリン作るのにハマってて、研究したくてさ」

 身を乗り出してきた大和は完二の手元あたりの写真を指さした。大和が指さしているプリンは、黄色と言うにはすこし薄い、白みがかったプリンで、生クリームとイチゴが乗っている。

「…でもさ、ケーキ屋でプリンってのもね。お土産にしようかな…テイクアウトでもイチゴのってるかな」

 大和は、いつになく饒舌だ。いつもとまるで逆で、完二はなんとなく先ほどから言葉すくなになっている。視線が気になってしまってそれどころではない。店内はどうみたって女性同士か、カップル、家族連れだ。気にはなっても、せめて大和のように気していないようにでも振舞えたら、と完二は大和を伺い見る。彼はストローでグラスの底、水に浸された薄いレモンの果肉の部分をつんつんとつつきながら、完二の手元のメニューをぼんやりと眺めている。
 完二は、こうも過敏に視線を気にしてしまうのは、後ろめたい部分があるからだろうと思う。他の客の目に果たして自分達がどう見えるのか考えたくもないが、おおよそ友情だとか先輩後輩の枠ではもう収まらず、かといってコイビトというにはいびつなものであると考え付きはしないだろう。まったくおかしなところで小心者で、他人の目を気にしてしまう。やましいところがなければ、多少の気まずさと居心地の悪さくらいばかりだっただろうが、それに加えてなんとも言いがたいものがある。…だが、だからといって、それがため息ばかりついて良い理由にもならないのだ。多少なり場所に不満、もとい疑問があるとはいえ、せっかく時間をつくって二人で来たのだ。連れてきてくれて、あまつさえ奢るといっている大和にも申し訳ない。くだらない逡巡やら緊張をこんどこそ嚥下するように、完二はグラスを手に取り、レモン水を飲んだ。爽やかな風味がのどを通り過ぎてゆく。

「完二、どうする?」
「……じゃ、これで」

 ポップを手に取り、表面に書かれているマロンのムースを指さす。下の段が茶色のチョコレートムース、上の段がチョコレートムースより少し薄い茶色の栗のムースと二段重ねになっているムースで、上には淡い黄色のマロンペーストが重ねられ、その上には皮付きの、つやつやの栗の実が乗っている。栗の皮の色から見るに、上の段の栗のムースのほうは皮ベースのムースだろうか。
 それもおいしそうだね。頷いた大和はポップをひっくり返し、裏面を完二に見せた。裏面にも季節のスイーツが紹介されており、大和は栗のミルフィーユを指さした。やはり、せっかくならば季節の味わいを楽しみたいというところなのだろう。栗のミルフィーユは三枚のフイユタージュ、つまりパイ生地の合間に恐らくは栗のクリームがはさまれ、表面にはおおつぶの栗が置かれ、粉糖がまぶされている。パイ生地はふつうのミルフィーユとは違い、茶色をしており、これもチョコレートペーストなのかもしれない。これも美味そうだと考えていると、大和が「ひとくちあげるね」などと言い、完二が何かを言う前に店員をよびつけた。

作品名:グラスの底にレモン 作家名:かのえ