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グラスの底にレモン

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 注文の際、大和はテイクアウトでプリンを3つ頼んでいた。言わずもがな菜々子と遼太郎、大和の分だ。テイクアウト用のプリンはたしか、ショーウィンドウに並んでいた牛乳瓶のようなかたちのうつわに入っているものだろうからイチゴはのっていないだろうという話をすると、大和は心底残念そうだった。先に運ばれてきたコーヒーに角砂糖を落とし、ポーションのふたを外してミルクを注ぐ。銀色のティースプーンでていねいにゆっくりとかき回しつつ、そういえば、と何か思い出したように顔を上げた。

「今日さあ、記念日なんだよ」

 何気ない口調で、けれど声は潜めて大和は「一ヶ月の、記念日」と、言った。「付き合い始めて一ヶ月の」と。
 ケーキ屋行こう奢るから、と言われたときもいきなり何だと思ったが、それ以上だった。咄嗟の、とんでもない一言に空いた口が塞がらず、完二は、あまりの台詞に逃げ出したくなった。せっかく、さんざんぐだぐだと考え込んだ挙句に嚥下できた緊張が再びはらの奥からせり上がってくるような気がして、あいて塞がらなかった口を閉じる。にこにこと笑う大和と、むっつり黙り込む完二がかみ合わない意味の視線を合わせるなか、にこやかな表情をうかべ、ウエイトレスが二人のケーキを運んでくる。
 微妙な空気を気にせず、二人の前にケーキとごゆっくりという言葉が置かれ、ウエイトレスが去ってゆく。

「……はぁ、…また何を突然…先輩、時々意味わかんねぇ」
「や、だってそういうのってお祝いするもんだと思ってたから。結婚記念日とか…ああいう感じで」

 フォークでミルフィーユをたおし、ナイフを手に取ると、そっとパイ生地に刃をすべらせる。ミルフィーユと言えばそのままフォークを立てると生地からクリームがはみ出してしまい、食べにくい印象が完二にはあったが、大和はどういうわけかズレたことを言うくせに、要領の良い食べ方を知っているらしい。
 以前、陽介に大和は時々天然っぽいと言われて首を傾げたことがあったが、今になってよくわかった。
 結婚記念日という言葉にどうしようもなく居たたまれないものを感じながら、完二はそっとムースのカップにスプーンをのばし、上層のムースとマロンペーストを掬う。
 お祝い事にはケーキか、と。そう思うと先ほど大和がケーキ屋でプリンは…と言ったことにも妙に納得がいく。どうせなら自分もムースではなくケーキにすればよかったかとどうでもいいことを思いながら、スプーンを口に運んだ。



20081013
作品名:グラスの底にレモン 作家名:かのえ