SOUVENIR<スーヴニール>
爽やかな青空の下だというのに、風の守護聖ランディの表情は険しい。顔や腕には、今まさにこさえたばかりと言わんばかりの傷が無数にできている。
「くそぅ」
小さく彼は呟いて、もっとも痛い箇所である右腕の手首をさすった。ここには傷ではなく、さっきまで赤かったところが青い痣になりつつある。
週に二、三度度行われる早朝の剣の稽古。彼の相手は炎の守護聖オスカーだ。ふだんは女性と見ると見境のない軟派な彼も、こと剣を持つと一気に厳しい戦士に早変わりする。情け容赦ない稽古はありがたいが、こうも完膚なきまでに叩きのめされると悔しくて泣きたくなる。悔しいのはオスカーに対してでもあるが、それよりもいつも相手をしてもらってもいっこうに上達しない自分に対しての方が強い。
こんな顔をしているときには誰にも会いたくない。足早に歩いていたのがだんだん小走りになっていく。そしてようやく彼の私邸に着こうとしたとき、馬の嘶く声がした。
「ジュリアス……様?」
朝の日差しが眩しくて、かの光の守護聖の黄金色に輝く髪の色の区別がつかない。ランディはまだ馬には乗れないが、オスカーとジュリアスが二人で早駆けする様子を見るとうらやましかった。一瞬、オスカーと共にまた早駆けに行くのかとランディは思ったが、そういえば、オスカーは一汗流してシャワーを浴びたら星の視察に行くため、五日ほど留守にするはずだった。
こんな傷や痣だらけの姿を、尊敬している首座の守護聖には見せたくなかったが、仕方がない。ランディは気を奮い立たして腕を上げてジュリアスのほうに振った。
「ジュリアス様!」
ゆっくりとした歩みの馬上の人は、しかしランディの声には気づかないようだった。心なしか呆然とした雰囲気なのがランディには気になった。
「ジュリアス様!」
再度、ランディは声を掛け、自分の私邸の前を通り過ぎようとするジュリアスの馬のもとに駆け寄った。ようやくジュリアスはランディのほうに視線を向けた。いつもきびきびとした動きの彼らしくもなく緩慢に首が動いた。
「……ランディか」低く静かに彼は言った。やっと彼はランディの様子に気づいたらしく、ふっと微笑んだ。
「オスカーにやられたようだな」
彼は馬を止めると、ひらりとランディの目の前に降り立った。少し日に焼けたランディに比べ、彼の肌はその愛馬の白さにも負けないほど透き通るように白かった。よく馬に乗っているのにどうして日焼けしないんだろう、と妙なことを思いながらランディは頷いた。
「あ……はい。どうしてもオスカー様には勝てなくて」
「仕方あるまい。オスカーは守護聖になる前からずば抜けた腕の持ち主なのだからな」
「わかっています……でも……悔しいです。もっと強くなってオスカー様を見返したいのに」
彼の表情が少しこわばった。
「見返す……?」
ランディは、自分があまり良くないことを言っているのは重々承知していたが、それでも真っ直ぐ彼を見て言った。
「はい。見返して……認めてもらいたいんです。俺がもっとオスカー様の手助けができるのだと思ってもらえるぐらいに」
彼は再び微笑んだ。ランディはこれほど彼が笑みを浮かべるのを見たことはあまりなかったので、いつもの厳しい表情からは計り知れないほどの穏やかな笑顔に内心どぎまぎしていた。
「……今日からの星の視察のことを言っているのか、ランディ」
図星だ。本当は剣の稽古のことだけでなく、最も引っかかっているのがこのことだった。ランディはジュリアスから視線を逸らし、唇をかんだ。
「くそぅ」
小さく彼は呟いて、もっとも痛い箇所である右腕の手首をさすった。ここには傷ではなく、さっきまで赤かったところが青い痣になりつつある。
週に二、三度度行われる早朝の剣の稽古。彼の相手は炎の守護聖オスカーだ。ふだんは女性と見ると見境のない軟派な彼も、こと剣を持つと一気に厳しい戦士に早変わりする。情け容赦ない稽古はありがたいが、こうも完膚なきまでに叩きのめされると悔しくて泣きたくなる。悔しいのはオスカーに対してでもあるが、それよりもいつも相手をしてもらってもいっこうに上達しない自分に対しての方が強い。
こんな顔をしているときには誰にも会いたくない。足早に歩いていたのがだんだん小走りになっていく。そしてようやく彼の私邸に着こうとしたとき、馬の嘶く声がした。
「ジュリアス……様?」
朝の日差しが眩しくて、かの光の守護聖の黄金色に輝く髪の色の区別がつかない。ランディはまだ馬には乗れないが、オスカーとジュリアスが二人で早駆けする様子を見るとうらやましかった。一瞬、オスカーと共にまた早駆けに行くのかとランディは思ったが、そういえば、オスカーは一汗流してシャワーを浴びたら星の視察に行くため、五日ほど留守にするはずだった。
こんな傷や痣だらけの姿を、尊敬している首座の守護聖には見せたくなかったが、仕方がない。ランディは気を奮い立たして腕を上げてジュリアスのほうに振った。
「ジュリアス様!」
ゆっくりとした歩みの馬上の人は、しかしランディの声には気づかないようだった。心なしか呆然とした雰囲気なのがランディには気になった。
「ジュリアス様!」
再度、ランディは声を掛け、自分の私邸の前を通り過ぎようとするジュリアスの馬のもとに駆け寄った。ようやくジュリアスはランディのほうに視線を向けた。いつもきびきびとした動きの彼らしくもなく緩慢に首が動いた。
「……ランディか」低く静かに彼は言った。やっと彼はランディの様子に気づいたらしく、ふっと微笑んだ。
「オスカーにやられたようだな」
彼は馬を止めると、ひらりとランディの目の前に降り立った。少し日に焼けたランディに比べ、彼の肌はその愛馬の白さにも負けないほど透き通るように白かった。よく馬に乗っているのにどうして日焼けしないんだろう、と妙なことを思いながらランディは頷いた。
「あ……はい。どうしてもオスカー様には勝てなくて」
「仕方あるまい。オスカーは守護聖になる前からずば抜けた腕の持ち主なのだからな」
「わかっています……でも……悔しいです。もっと強くなってオスカー様を見返したいのに」
彼の表情が少しこわばった。
「見返す……?」
ランディは、自分があまり良くないことを言っているのは重々承知していたが、それでも真っ直ぐ彼を見て言った。
「はい。見返して……認めてもらいたいんです。俺がもっとオスカー様の手助けができるのだと思ってもらえるぐらいに」
彼は再び微笑んだ。ランディはこれほど彼が笑みを浮かべるのを見たことはあまりなかったので、いつもの厳しい表情からは計り知れないほどの穏やかな笑顔に内心どぎまぎしていた。
「……今日からの星の視察のことを言っているのか、ランディ」
図星だ。本当は剣の稽古のことだけでなく、最も引っかかっているのがこのことだった。ランディはジュリアスから視線を逸らし、唇をかんだ。
作品名:SOUVENIR<スーヴニール> 作家名:飛空都市の八月