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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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SOUVENIR<スーヴニール>

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 「あっ……!」
 朝はオスカーの頬をかすめても動じずにいたランディも、さすがにこれには驚いて剣を引いた。そしてジュリアスの足元を見ると、黄金色の髪がほとんど一塊の束のように落ちていた。
 「ランディ、おまえ……!」
 思わずオスカーがランディの元へ行こうとしたところを、ジュリアスは制した。
 「もうよい」
 そして切れてしまった髪を頼りなげに触れていたが、ふと、何を思ったのかジュリアスはまだ残っているほうの髪を掴んだ。
 「ジュリアス様!」
 ほぼ同時にオスカーとランディが叫んだが、ジュリアスは持っていた剣でそれを切ってしまった。呆然としてオスカーとランディはジュリアスを見つめた。ジュリアスは少し照れたような笑みを見せた後、剣を落ちた髪の上に置き、言った。
 「私は聖地を出る」
 ランディは驚愕のあまり声が出せなかった。代わりにオスカーを見た。オスカーは目を伏せている。彼は知っていたらしい。
 「次代の光の守護聖はもう見つけてある。……髪はちょうど切ろうと思っていたところだからよい」
 淡々とジュリアスは続ける。
 「ランディ。そなたが、傷つけることなく相手を御しきれるようになれば、単独で星々の視察に行けるようになるだろう。それまではおとなしくオスカーの指示を仰ぐように」
 ランディは昨日のクラヴィスの話を思い出した。腕を過信してなまじ戦ったために、他の人々を闇のサクリアから守るためとはいえ、一人の人間を犠牲にしたということを。
 見透かすようにジュリアスは苦笑した。
 「……クラヴィスが珍しくお節介なことをしてくれたようだが」
 何も言えないまま、ランディは俯いた。
 「それ以前に我が身を守れないまま出向くのはもっと良くない。引き続き鍛錬するがよい」
 ジュリアスはオスカーを見た。
 「オスカー、そなたもランディがそなたのように我が身を守ることができるよう稽古をつけてやってくれ」
 「……はっ」
 小さく、オスカーは返事した。
 「あの、ジュリアス様!」ランディが叫んだ。「その、いつ、おわかりになったのですか? 俺に剣の稽古を付けてやるとおっしゃったときにはもうわかって……」
 ジュリアスは頷いた。
 「ああ。あれは」フッとジュリアスは微笑んだ。「私らしくもなく感傷的になって聖地をぐるりと回っているときだったのだ。運悪くそなたに見つかった。だが、ちょうど良かったのだ」
 そしてオスカーを見やる。
 「そなたにオスカーのことを頼まねばならなかったのだし」
 ランディは息を飲んだ。自分にこの尊敬している先輩守護聖のことを?
 「その昔、カティスからオスカーのことを言われたとき、私は『あれは頼りない』と言下に否定したことがある」
 カッと赤面してオスカーがジュリアスに何か言おうとするのを、ジュリアスは制した。
 「だがカティスは『長い目で見て育ててやれ』と言った。いつの日か私にとってかけがえのない者になると言いたかったのであろう。そしてそれは」ジュリアスの笑みは深くなった。「そのとおりになった」
 ランディはオスカーのほうを見た。いつも少し傲慢とも言える態度をとる彼の炎の守護聖は、しかし光の守護聖の前でははにかんだ少年のようだった。
 ジュリアスはランディを見据えた。
 「今度はそなたの番だ、ランディ」
 ランディは背筋をピンと伸ばした。
 「オスカーのこと、よろしく頼んだぞ」
 「は……はい!」いつしか頬を紅潮させ、ランディは大きな声で返事した。そうでもしないと泣いてしまいそうな気がした。
 「ではな。明日、他の者たちにも言う……もっとも、すでにわかっている者もいるようだが」
 小さく肩をすくめてジュリアスは言い、地面に置いていた剣を拾うと、その場を去ろうとした。
 だからクラヴィスが“最後に”と言ったのかと思いつつ、ランディが引き留めた。
 「あの、ジュリアス様!」
 「何だ」
 ランディはしゃがむと、落ちていたジュリアスの髪を拾い上げた。
 「この髪……戴いてもいいですか?」
 ジュリアスは驚いたように目を見開いた。
 「その……」
 ランディが上手く言葉を紡げず困っていると、オスカーが苦笑して助け船を出した。
 「記念に頂戴したいんだろ?」
 「あ、はい、そうです!」
 「私は構わないが……そんなもので良いのか?」
 「はい!」
 快活に返事するランディに、ジュリアスも苦笑した。
 「好きにするがよい。ではな」
 二人にくるりと背を向けると、ジュリアスは館へと去っていった。髪が短くなったせいで見える首筋が妙に儚げな気がして、ランディはジュリアスの切れてなお長い黄金色の髪を握りしめたまま呆然として見送った。
 ジュリアスが行ってしまった後、ランディの顔を覗き込むようにしてオスカーが、そのアイスブルーの瞳を据えた。
 「俺にも半分寄こせ。いいな」
 ランディは手にある黄金色の髪を半々に分けると、そっとオスカーに渡した。
 「記念に、か」
 オスカーはその髪を見て呟くと、すっかり更けた夜空を仰いだ。ランディはそちらを見るのはやめた。彼にだって見ないことが礼儀だとわかっていた。
 ランディは髪を見つめた。
 それは主のなくしたサクリアの代わりのように、庭の灯に照らされきらきらと輝いていた。
 ランディは祈った。
 「あなたが勇気を持って進めますように」
 髪に向かい、彼は小さく囁いた。




− FIN −