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水の器 鋼の翼番外3

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1.

 ルドガーは、灯りのない道を一人歩く。
 車両を通すための申し訳程度に整備された道。砕けた瓦礫が靴の裏で擦れて、ざりり、と鳴いた。街の廃墟を音高く吹き抜ける風と相まって、物寂しい情景を作り出している。
 暦の上では今夜は満月。だが、空を覆い尽くさんばかりの黒雲のせいで月も星も見えない。黒雲の隙間を縫って、一筋か二筋ほどの月の光が地上に届くだけだ。ダークシグナーの黒装束とフードは、そんな闇夜に容易く溶け込み、持ち主の姿を他の人間の目から遠ざけてくれた。
 ルドガーは、右肩に長方形の荷袋を一つ担いでいた。広い背中にまで垂れ下がる荷袋は、それなりに重量のある物のようだ。しかし、そんな重荷を、ルドガーは息も切らさず軽々と運んでいる。
 と、ルドガーの歩みがぴたりと止まった。フードの中から黒く染まった双眸が、きょろりと荷袋に向けられる。しばしの間その場にじっと立ち止まっていたが、
「気のせいか」
 やがて、肩からずれた荷の位置を修正し、再び黙々と暗闇を歩み始めた。
 

 ゼロ・リバース以来、沈黙を守り通してきた冥府の神々は、ある日唐突にダークシグナーに神託を下した。
「あれから、何年経った? ディマクよ」
「十四年だ。人間には長く、神々にとっては瞬きにも満たない時間だ」
「そんなになるのか。待たされ続けてもういい加減、時間の感覚が麻痺してきたぞ」
 旧モーメント研究所、地下深くに設けられた大広間。
 ここに電燈の類はなく、あるのは数本の燭台だけ。ちろちろと揺れるろうそくの炎が、会話をする二人のダークシグナーをか細く照らしている。
 ダークシグナーたちは、今しがた神から下された神託について話し合っていたところだった。「たち」と言っても、今現在のダークシグナーのメンバーは、ルドガーとディマクの二人きりだ。
 大広間のテーブル。ルドガーは上座の席、ディマクはルドガーから見て右の席。この定位置は、彼らが初めて会った日に自然に決まった。残りの席は未だに空席のまま、主が来るのを待っている……十四年間ずっと。
「ともかく。神託がどのような内容であれ、我々はそれを果たすまでのこと」
「……ああ。分かっている」
 それが、神のしもべたるダークシグナーの役目なのだから。
 そうと決まれば、善は急げだ。ルドガーは、神託の内容を即刻果たすべく自分の席を立つ。同じタイミングでディマクも立ち上がる。両者の黒い目がばちりと合った。
 気まずい沈黙が大広間の全てを包み込む。先に口を開いたのはディマクの方だった。
「――この冥府の扉を、留守にはできない」
「ううむ……」
 ディマクの進言に、低く唸るルドガー。二人の脳裏に共通して浮かぶのはある出来事の記憶。できることなら二度と思い出したくないような、忌々しい記憶だった。
 モーメント研究所が廃墟と化して、二、三年経ったころの話だ。どこからここの噂を聞きつけたのか、外界から若者が七名、この研究所に侵入してきたことがある。それも、ただ侵入するだけでは飽き足らず。よりによって、ここで肝試しを始めたのだ。間の悪いことに、その日はたまたま二人とも外に出ていたので、事態に気づいた時には既にかなり奥にまで入り込まれていた。小蜘蛛やゼーマン率いる猿の軍勢がいなかったら、なす術もなく侵入者に逃げられていたかもしれない。 
 帰って来て真っ先に目にしたのが、研究所の壁面に黒々とスプレー書きされた珍妙な形のサインだった時の衝撃。あれは、例え五千年を経ようとも、なかなか忘れられるものではない。この研究所は、ダークシグナーにとっては聖なる冥府の扉であり、ルドガーにとっては愛する元職場なのだ。そんな大切な場所を荒らす輩を、許す訳にはいかなかった、断じて。侵入者の捕獲に二人が闘志を燃やしたのも無理はない話だ。
 捕えた侵入者は、決闘を挑んでは片っ端から冥府の扉に突き落とした。神罰を与えるついでにあわよくば仲間の一人や二人増やせるかもしれないと、ダークシグナー達は期待していたのだが、誰一人として扉の向こうから帰って来ることはなかった。ダークシグナーの人員も二人のまま、増えも減りもせずに現在に至る。
「迎えには、私一人で行く。留守番を頼む」
「承知した」
 ルドガーは、自分の椅子を丁寧にテーブルの下に入れた。赤い縁取りのついたフードを目深に被ると、大広間を後にする。
 遥か頭上に浮かぶ丸く切り取られた大空は、夕暮れ時を過ぎて茜色から藍色へと変化していくところだった。現在地点と目的地を照らし合わせて、ルドガーは考える。この使命が何事もなく進められたなら、夜明けまでには戻って来られそうだ、と。
 縦穴の螺旋階段を昇りながら、彼はふと思いついたようにつぶやいた。
「新たな仲間、か。一体どんな人生を送って来たのか、聞いてみたいものだな」
 
 あれから十四年経った。
 過ぎてみれば、あっという間の年月だった。モーメントを暴走させた時のことを、ルドガーは最近の出来事のように覚えている。記憶の中の不動博士やレクスの顔は、当時の姿のままで留められたままだ。そういえば、あの日レクスに頼んだことがあったような……。
 あれから、十四年が経ったのだ。
 長い、長い時間だった。運命には随分と長く待たされた。二人の思い出話も、そろそろネタが尽きてきたところだった。だが、そんな日々も今日で終わりだ。
 神々は、ダークシグナーに神託を下した。――新たなダークシグナーが、サテライトに誕生したのだと。

作品名:水の器 鋼の翼番外3 作家名:うるら