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水の器 鋼の翼番外3

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 2.

 これは一体、どうしたことだろう。
 蛍光灯がほのかに照らすコンクリート張りの床に片膝をつき、ルドガーは首をかしげた。
 ルドガーの足元にあるのは、濃鼠色の布地でできた長方形の袋。全体の三分の一程度開けられたファスナーからは、人間の頭部から胸部までが露わになっている。まるでぐっすり眠っているような顔であったが、その皮膚の表面は青ざめたまま。呼気も血の気も一切失せている。
 少し間を空けて、同じ形状の袋が床にいくつも並べられている。室内は気味の悪いほどに静かだ。ルドガーの立てる足音や布ずれの音以外、何もかもが沈黙している。
 サテライトの収容所、その一角に設けられた遺体安置所。ダークシグナーの新たな仲間はそこに「いた」。
――神託に従った結果、仲間の居所はすぐに見つけ出せた。ルドガーの侵入を妨げる者は現在この収容所にはいない。後はこれを本拠地まで連れ帰ればいいだけの話だったのだが。
「……これはまた、随分と若く見えるな」
 否、実際に若いのだ。遺体袋に詰められていたそれは。
 神々に申し上げる。人間は十数年も生きれば立派に大人だ。だが、この人間は大人になりきれていない、まだまだ子どもではないか。五千年の周期を幾度か繰り返している神々にとっては、人間の十数年など些細な誤差に過ぎないのかもしれないが。
 彼の若さに思い出されるのが、何故か不動博士の息子のことだった。あの赤ん坊が成長すれば、今目の前にいる彼と同じくらいの年頃だったはずだ。生きてさえいれば。ゼロ・リバースに巻き込まれて不動夫妻は亡くなり、息子の遊星の安否も未だに不明のままだ。
 その若者は息もなくただ静かに横たわる。痩せこけた彼の頬には大きめに引かれたマーカーの他に、明らかな暴行の跡が所々に残されている。それも、一度や二度のことではないらしい。ボロボロになった紺色の衣服からは、かなり前に受けた傷が塞がりかけて止まっているのが見える。彼が受け続けた仕打ちは、彼自身を衰弱させるには十分過ぎたのだろう。
 ゼロ・リバース以降、サテライト住人の扱いは年々酷くなっている。顕著な例がこの若者だ。シティとサテライトの物理的な隔絶は、お互いの心の距離をも広げてしまった。シティ住人の中には、サテライト住人を屑と呼んではばからない人間がいるのだと、ルドガーは聞いたことがある。 
「……」
 頭をもたげる思いを押し込め、ルドガーは遺体袋のファスナーを閉めた。袋を右肩にひょいと担ぐと、残りの遺体袋には見向きもせずに遺体安置所を後にする。
 殺風景な廊下を黒装束の人間が歩いている。しかも遺体袋を担いで。何とも薄気味悪い光景だ。
 途中、前方から看守が一人、ルドガーの元に近づいて来た。しかし、彼は不審人物が収容所に侵入しているというのに咎めることなく、心ここにあらずといった風にふらふらとすれ違う。ルドガーが事前に蜘蛛を放ち、収容所内の看守を操作しているのだ。
 この操作は朝になれば解除される予定である。看守たちが正気に戻れば、遺体袋が一つなくなっているのにも気づくはずだ。後に待っているのは、関係者の処分か事実の隠ぺいか。どちらにせよそれはダークシグナーの知ったことではない。

 また一つ、鈍い振動がルドガーの身体に伝わって来た。
 ルドガーは顔をしかめる。どう考えてもこの振動は、ルドガーの動作や道の悪さのせいではない。遺体袋の中からぼこぼこと闇雲に叩かれているのだ。一旦立ち止まって袋を担ぎ直せば、袋からの打撃は止む。しかしそれも少しの間だけだ。歩き出してしばらくすれば、再び袋の中身からの攻撃が始まる。B.A.D.の吊り橋まで後少しだというのに、これではとても歩き辛い。
 袋の中にいる人物は、段々とその怒りを増してきているらしい。しまいには、袋全体がびちびちと暴れ出してしまった。それを何とか持ちこたえようとしたルドガーだったが。
「あ」
 支えていた右肩から、ずるりと遺体袋が滑った。受け止めようとする腕も空しく、遺体袋は重力に従って落下し、強かに地面へと打ち付けられる。鈍い音と砂ぼこりを立てたそれは、ぴくりとも動かなくなった。
 が、ルドガーが持ち上げようとすると、遺体袋は再びぼこんぼこんと波打った。この袋の中身は、どうやってでも外に出たいらしい。
 ルドガーはため息をついて地面に片膝をつき、袋のファスナーを開けてやった。ファスナーを全開にするのも待ち切れなかったのか、開いた先から痣のついた右腕が布地をかき分けて現れた。続いて、銀髪の頭と赤いマーカーが付いた顔と黒装束がもぞもぞと這い出して来る。 
 袋の中にいた青年は、地面に伏せてぜいぜいと息をついていたが、ルドガーの存在に気付くときっと睨みつけてきた。まだ黒く染まっていない眼で。
「てめえっ、何てことしやがる!」
 よろよろと起き上がり、青年はルドガーの胸倉を両手でつかみ上げた。ルドガーのフードが弾みでずり落ちて、隠されていた顔面が曝け出される。
「よくも俺を袋詰めにしてくれたな! 人を散々虐待しておいて! 寄ってたかって殴る蹴るだけじゃ、まだ満足できないのかよっ!」
 怒りを露わにしてつかみかかる青年の腕を逆につかみ返し、ルドガーは胸倉から引き剥がした。なおも襲って来ようとする青年を制すると、衣服についた土ぼこりを払って立ち上がる。
「聞け。お前を袋に詰めたのは、私ではない」
「じゃ、じゃあ誰だよ」
「知らん。私がお前のところに来た時には既に、お前はその袋の中にいた。……思い出せ。何故そうなったのか。お前が一番よく覚えているはずだ」
「思い出せって……」
 青年はぶつくさと不平を零していたが、これ以上ルドガーに聞くのは無駄だと理解したようだ。しぶしぶ額に手を当てて、自力で思い出そうと努力し始めた。ルドガーは彼の作業に口を出すことなく、その場で腕を組んで見守っている。
 残されている記憶をたどりながら、青年は確かめるようにぼそぼそと口に出す。言葉の端々から、生前彼がサテライトでギャングをやっていた、それもどうやらリーダー格だったらしいことが分かる。
 と、青年の声がぴたりと止まった。額に当てられていた手がずり落ちて、ぱたりと下に降ろされる。ぎこちなくルドガーに向けられた顔は、青白い肌色を更に青ざめさせていた。泣き笑いを貼りつかせたまま、ぱくぱくと口を動かして何事かを訴えようとしているが、まともな言葉をを発することもできていない。
 ルドガーはまた一つため息をついた。この調子だと、帰り着くまでに随分と手間がかかりそうだ。――夜明けまでには帰りたかったのだが。

作品名:水の器 鋼の翼番外3 作家名:うるら