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水の器 鋼の翼番外3

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 3.

「ちょっと待て。待ってくれよ」
 青年は膝をついて座り込み、赤いシャツに覆われた胸にべたべたと手を当てて、生命活動の証を躍起になって探していた。しかし、やがて見つからないと知ると、胸に当てられていた手が力なく降ろされる。
「俺の心臓……動いてねえ。体温も全然ねえ。おい、どうなってんだよこれ。俺、ゾンビになっちまったのかよ。何でこんなことに……!」
 とうとう青年が頭を抱えて嘆きだした。その様子を尻目に、ルドガーは今にも風に吹き飛ばされそうな遺体袋を拾い上げる。
 人間がダークシグナーになるには、一回己の命を落とさねばならない。
 ルドガーは事前にそれを神から告げられたから知っている。神に仕える一族であるディマクも同様だ。だが、この青年は違う。サテライトの住人として今までに色々な修羅場はかい潜って来ただろうが、闇の力とは無縁だったはずだ。少なくとも、自分がこんな形で蘇ってくるとは考えたこともなかっただろう。 
 さて、どう言葉をかけるか。混乱真っ盛りのこの青年に。ルドガーがそう考えた矢先のことだった。
「む?」
 中身が抜け出て空っぽのはずの遺体袋に、何やらごろりとした感触がある。不審に思い、ルドガーは手にした遺体袋を逆さに振ってみた。手のひら大の大きさの物体が、袋の中から地面にぱたりと落ちる。それは、真っ黒いデッキホルダーだった。
「おい」
「……あ?」
「これは、お前の物ではないのか?」
 収容所の連中が囚人の遺品を一緒に納めてくれるほど親切だったとは、と付け加えると、青年の目はルドガーからルドガーが手にしている物に向けられた。その目が信じられないと言うように大きく見開かれる。
「そんなはずは、俺のデッキは、もう……」
 恐る恐る伸ばされる手にデッキを渡してやると、青年は無我夢中でケースの封を開け、中のカードを一枚一枚確認し始めた。不安と期待に満ちた顔はすぐさま落胆の表情へと変わったが、彼の両手はまるで導かれたかのようにカードを繰り続けた。それぞれのカードテキストに目を通して、
「インフェルニティ? ……手札ゼロ? イカレてるぜこいつら」
 などと笑っていた青年の目が、ある一枚のカードに釘付けになる。
「地縛神、Ccapac Apu?」
 青年がつぶやいたカード名は、俄然ルドガーの興味を引いた。青年の横からのぞき見ると、そこには形状こそ違うがルドガーの《地縛神 Uru》と似た雰囲気のモンスターが描かれている。いや、この場合モンスターと呼ぶのは相応しくない。
「それがお前の神か」
「俺の?」
 右の手袋をめくりあげ、ルドガーは自ら蜘蛛の痣をさらした。青年の腕にも痣が浮かび上がっている。巨人の意匠をした痣が。シグナーと同じく腕に刻まれた紫色の痣、それがダークシグナーとしての証だった。
 ルドガーは説明した。五千年周期で行われる赤き竜と冥府の神の戦い。自分たちダークシグナーは冥府の神に選ばれ、神のしもべとして蘇ったのだと。
「だから、こいつは俺を生き返らせた、と。で、次は俺にこいつのしもべになれって?」
 最初は大人しくルドガーの話を聞いていた青年だったが、その内身体をふるふる震わせ出した。手にしたデッキをぎゅっと握りしめて立ち上がり、ルドガーに詰め寄った。
「ふざけるな! 俺には生きてた時も自由なんかなかった! このサテライトから逃げることさえできなかったんだ! ただの一度として! それなのに、誰かの都合で勝手に生き返らされて、誰かのしもべになって働けだ? ――何だったんだよ、俺の人生。ほんとに何だったんだ……!」
 青年の言葉は、ルドガーを通り越してその背後に蠢く存在に向けられていた。自らが受けたこの世の苦しみと理不尽さごと、全てをぶつける勢いで、彼の運命を定めた存在に。彼にしてみれば、己に与えられた運命ほど理不尽なものはないに違いない。だが、その運命は、
「誰でもよかった訳ではない」
 それは、果たして青年にのみ向けられた言葉だったのか。よぎる考えを遮り、ルドガーは青年に語りかけた。
「冥府の神は運命によって力を与える人間を選ぶ。人間の最期の思いを聞き届け、お眼鏡に適えばその者を復活させ、思いを晴らす力を与えてくれる。お前の持つそのデッキも、その内の一つだ。お前がお前の思いに忠実であり続ける限り、神は力を貸すだろう」
「それは、あんたも?」
 青年の問いに、ルドガーは沈黙を持って答えた。
「お前にはなかったのか。生前にやり残したことが。この世に蘇ってまでも果たしたかった思いは」
「思い……」
 ぽつりと青年がつぶやく。最初に何となく口に出した単語は、青年の記憶をかき乱すには遠く及ばず、彼はもう一度同じようにつぶやいてみる。
「そうだった。思い出したぞ。俺はあの時願ったんだ……裏切り者への復讐を」
 復讐。その二文字を紡いだ唇が、見る見る内ににいと吊り上がった。
「ははははは! どうだ、俺はこの世に舞い戻って来たぞ! ジャック! クロウ! ――遊星ぇ……! 特に遊星、お前だけは俺がこの手で地獄の底に叩っ込んでやる……!」
 遊星、と青年がその名を口にした時、ルドガーは一瞬だけ目を見開いた。しかしそれもすぐに浮かんだ笑みによって塗り潰される。持てる喜びと憎しみがない交ぜになった、心の奥底からの満面の笑みだった。
「せいぜい楽しみにしてな! ははははは、ひゃーははははは……!」  
 青年は狂ったように笑い続ける。その瞳は、黒曜石のように黒く染まりきっていた。

 二人分の足音が、さくさくと荒れた道に鳴る。
 目の前に見える地平線の彼方がぼんやりと明るい。後一、二時間もすれば日の出の時刻だ。
 少し前を行くルドガーを、青年はずっと忌々しげににらみつけていた。正確には、ルドガーが左手にぶら下げている遺体袋を。歩き続けていた間はそれでも不平不満を零すことはなかったが、ついに彼らがB.A.D.への吊り橋にまでたどり着いた時、とうとう青年の我慢も限界に達した。 
「おい、ルドガー!」
「どうした?」
「いつまで持ってるつもりなんだよ、それ!」
「それ?」
 ルドガーは青年が力いっぱい指差した袋に改めて目を向ける。そういえばこの袋は長いこと持ちっ放しだった。遺体安置所では青年は未だ目覚めないままであったし、道の途中に捨てて行くのもそこから足がつきそうで捨てるに捨てられなかった。結局、こんなところにまで袋を持って来てしまったが、さてこれをどうするか。
 考えあぐねた末に、ルドガーは袋をひらひらと掲げて青年に提案した。
「そうだな。寝袋にどうだ?」
「誰が使うかっ!」
「捨てるには惜しいぞ。お前のサイズにこれ以上になくぴったりだ」
「そんなんで寝たら夢見悪いだろ、どう考えたって!」
 案の定、青年からは猛反発を食らった。彼は袋に一瞥をくれたきりそれには目を向けずに、うんざりした口調でルドガーに願う。
「いらねえから、んな縁起でもねえもん。頼むからそいつを捨ててくれ、俺の目の届かないどっか遠くに」
「――そうか。分かった」
 ルドガーは静かに了承の意を告げると、手に持っていた遺体袋を断崖に向けて放り上げた。

 宙に離された遺体袋は断崖からの風に煽られて一旦ふわりと舞い上がる。
作品名:水の器 鋼の翼番外3 作家名:うるら