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化け物と祓魔師

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1章




噎せ返るような血の臭い。甘ったるい甘美な香り。
相反するその刺激に、目眩がする。

「しねぇぇぇぇっ」

おきまりな台詞を吐いて突進してくる化け物を何の躊躇いもなく殺す。
トリガーを引いて、銀の玉をただ眉間にぶち込むだけ。
感情など無い。感覚などとうに忘れた。存在するのは滑稽な己自身。

「無様だ」

それは無駄にあがいて醜い姿をさらしている化け物に向けた物なのか、
はたまた人間の飼い犬に成り下がった己に向けた言葉なのか。
無意識のうちにこぼれた言葉は、誰かに拾われることなく闇の中へと霧散する。
もう一度、化け物の命を奪う獲物を引くと、
今度こそその化け物は死に砂となり宙へと消えた。
重たい息を吐いたとき、滑稽な手を叩く音が辺りに響いた。
六臂は眉を寄せると、その音の方へ顔を向ける。

「何?それ、俺への当てつけ?今の今まで隠れていたくせに」

「まさか!褒めているんですよ、拍手とはそういうものでしょう?」

暗闇から姿を現したのは、カソックに身を包んだ童顔の少年。
その表情は微笑みをたたえており、殆どの人間はその優しい表情に警戒をとく。
けれど、六臂は苦虫をかみつぶしたかのような顔をすると、すぐさま鼻で嗤った。

「はっ!この偽善者。お前みたいな奴を信頼する人間達が愚かすぎて声も出ないね」

目の前の少年は笑ってこそいるが、
その心は誰よりも深く暗く底知れない事を六臂は知っている。
その笑みはただの処世術。欺くための道具。

「酷いですね六臂。僕は偽善者じゃなくて正真正銘の祓魔師です」

肩をすくめてみせたその動作にでさえ、六臂の神経を逆なでする。

「全く・・・警戒心むき出しの黒猫はどうなだめてもだめですねぇ」

「煩い。お前も俺に殺されたいの?」

「僕にその銃は通用しませんよ?あぁ、それともその牙で僕を殺します?」

次の瞬間、耳に痛い乾いた音がしたかと思うと、赤い線が少年の頬に一筋付けられた。
笑みを崩す事のない少年の青い瞳が揺らぐことなく六臂を見据える。

「次はないと知れ」

そう言い残すと、六臂は拳銃を懐にしまい少年には見向きもしないでその場を後にした。
少年はため息を吐くと、血が流れてる傷跡に指をあわす。
撫でるようにして触ると、その傷は跡形もなく消え失せていた。

「本当に、手の掛かる黒猫だ・・・」

少年、帝人はそう苦笑を漏らすと、六臂が殺した化け物のあった場所に膝をついた。
何か思い詰めたような表情をした後、そっと十字をその胸に刻む。

「お前達だって、なりたくてなったわけではないのにね」

帝人はそう言うと、青い瞳に憂いを忍ばせ立ち上がった。
天上を見上げれば、いつの間に姿を表した月が覗いている。

「どうか主よ、あの憐れな生き物をお守り下さい」

その時の帝人の表情は、とても苦しそうで切なさを持っていた。


作品名:化け物と祓魔師 作家名:霜月(しー)