こらぼでほすと 拉致5
お願いします、と、隣の部屋で待機していた看護士と本宅の人間に声をかけてニールは、そこにある顔を捜した。少し離れた部屋の片隅で、スタッフと打ち合わせしているメイリンがいる。全部の予定をキャンセルすることを、連絡するように手配すると、ほっとメイリンも息を吐き出した。ものすごい顔色で、それでも行くと言ってきかない歌姫様に、メイリンも心配でたまらなかった。
「メイリン。」
声をかけられて、顔を上げると、そこにはニールが居た。すたすたと近寄ってきて、頭を下げられた。
「ごめんな? メイリン。怒鳴っちまって。びっくりしただろ? 」
「いえ・・すいません。ラクス様の体調管理も、あたしの仕事なのに・・・満足にできていなくて。」
「いや、あいつ、頑固だからな。ああいう時は、メイリンを怒鳴らないと、わかんないだろうから、わざとやったんだ。だから、メイリンは悪くない。すまないな、気分悪くさせちまった。」
「はい? 」
「自分が意固地になったら、スタッフにも迷惑かかるんだって教えたかっただけなんだ。護衛のみなさんもすいません。俺、本当は、みなさんに怒ってなんかいませんので。」
部屋に待機している護衛陣にも声をかけて頭を下げた。おかんとしてのスタンスだと、そういう怒鳴り方になってしまったのだと説明する。うちの子に無茶させるな、という形だと、どうしてもスタッフを罵るなんてことになる。実際、メイリンたち歌姫様のスタッフも護衛陣も、心を砕いてくれている者たちばかりで、歌姫様に無理を押し付けていることはない。そんなものは、ニールだって承知のことだ。だが、おかんとしてなら、ああいう物言いになるし怒鳴ったほうが緊迫感もあるから、過剰演出にしたまでのことだ。
「うふふふ・・・さすが子持ちは上手いもんだね。ラクス様が大人しく休んでくださるように運んでくれた。ありがとうよ、ママ。」
みな、それについては納得しているから、ヒルダがニールの肩を軽く叩く。イザークたちは、ヒルダがニールの確保に出かけた段階でラボの応援で出向いたので留守だが、すでに連絡はした。イザークにしてみたら、ニールなら止められると確信していたから、連絡への返信も素っ気無いものだった。ニールには、イザークたちはプラントへ里帰りしたことになっている。ちなみに、ニールの体内にはマイクロチップが埋め込まれているので、どこに居ようと探せるようになっている。
「けど、今、俺、目の前揺れてますよ、ヒルダさん。全力で怒鳴るって効きますね?」
急激な動作は禁止されているニールは、力一杯に怒鳴る演技だけでも疲れるらしい。やれやれと、床に座り込む。
「ヘルベルト、水。マーズ、ドクター呼んどくれ。」
ヒルダは、そのまんまニールを担いでソファへ運ぶ。とりあえず、身体を落ち着かせないとならないので、横にした。ドクターも、すぐに駆けつけてきたが、軽い貧血だからと横になっているように指示しただけだ。さすがに今回は、お叱りもなかった。事が事だけに、最善の方策だったからだ。
「助かったよ、ニールくん。」
「いえ、お役に立つことがあって何よりでした。ラクスは過労ですか? 」
「まあ、そんなとこだろう。軽い風邪もひいているので、きみにも予防注射だけはしておこう。」
看病することになると、免疫力の下がっているニールは、もれなく風邪がプレゼントされてしまう。軽くそちらを済ませるためには、その処方だけはしておくか、と、ドクターかクスリを取りに医務室へ出て行く。
ほれ、水分補給だ、と、ヘルベルトがペットボトルを手渡す。すいません、と、ニールも、それを口に含む。
「大丈夫か? 」
「ちょっと横になれば治まります。」
「ほんと助かったぜ、ママ。」
「まったくだ。イザークが論破されちまった時は、どうしようかと思った。」
「一人で外出させるわけにはいかないし・・・大丈夫ですっておっしゃるし・・・手の施しようがなくてなあ。」
ソファの横に、ヘルベルトとマーズも座り込み、やでやでと息を吐く。どう言い募っても、歌姫様は休んでくれなかった。
「ラクス様のおっしゃることが、いちいちもっともでね。・・・だから、あんたを呼び出したんだ。理論も義務も通用しないあんたなら、どうにかしてくれると思った。」
ヒルダは、ソファではなく卓に腰掛けた。強い口調で諫めても、暖簾に腕押し状態で、いっそ監禁しようか、と、ヒルダも考えたほどだ。それができなくて、イザークの提案に飛びついた。
「あははは・・・表看板を一人で背負ってるから、ラクスも踏ん張っているんでしょうけどね。・・・すいません。」
どうにかしようとしてくれた護衛陣に礼を言うニールは、完全にラクスのおかんの気分だ。だから、ヒルダも、「これが仕事さね。」 と、返事する。ドクターが戻ってきて、予防注射をぶちゅっと一発、ニールに叩き込むと、今度はラクスの診察に移動して行く。
そこへメイリンがやってきた。キャンセルは終ったので、こちらも仕事が終って一息ついたらしい。
「メイリン、あんたは帰らないのかい? 」
「今日は、このまま泊まります。ニールさん、ありがとうございました。・・・少し、あたしもラクス様の体調管理を気をつけるようにします。」
「そうしてやってくれ。もし言うこと聞きやがらなかったら、俺に連絡してくれ。叱るから。」
ヒラヒラとニールは手を振っている。私のママなんです、と、ラクス様はおっしゃったが、愛称みたいなものなんだろうと思っていたメイリンは、本当に親みたいな叱責に、ちょっと驚いた。メイリンにとって、ラクス様は女神みたいなものだ。普段から、けっして崩れないし歪まない。正しいことをしていると思っていて、体調管理なんてものに目が届かなかった。それが、どんどん顔色は悪くなってくるし、それでも気丈に仕事をこなすから、メイリンのほうも途方に暮れていた。女神様に逆らうなんて思いもしなかったからだ。そこへ、ママニールが飛び込んできて、怒鳴り散らしてくれたら、ラクス様は大人しくダウンしてくれた。その一部始終を見ていて、ラクス様だって人間なんだな、と、考えは改めることにした。人間だから無理してしまうこともあるし、仕事第一で他に目を向けられないことだってあるのだ。そこは秘書としてメイリンが補佐すべきところだ。
「具合がお悪いんですか? 」
「いや、どっか俺の身体、壊れててな。激しい動作すると、こうなるんだ。」
日常生活に支障はないよ、と、ニールは微笑んでいる。メイリンは、あまりニールと接触しないから、そういうことも知らなかった。具合が悪いと本宅で静養しているのは知っていたが、怒鳴るぐらいでこうなるのは驚きだ。
「こいつのは自業自得だ、メイリン。気にするな。」
「おまえの無茶は酷かったよな? ママ。」
「もう苛めないでくださいよ、ヘルベルトさん、マーズさん。・・・・ここんところは具合がいいんです。漢方薬が効いてるみたいですよ。」
「眉唾もんかと思ってたが、確かに具合は良さそうだな。」
「そりゃ、あの漢方薬は特別さ。あんたの亭主が、わざわざ本山から貰ってきたんだから。」
「メイリン。」
声をかけられて、顔を上げると、そこにはニールが居た。すたすたと近寄ってきて、頭を下げられた。
「ごめんな? メイリン。怒鳴っちまって。びっくりしただろ? 」
「いえ・・すいません。ラクス様の体調管理も、あたしの仕事なのに・・・満足にできていなくて。」
「いや、あいつ、頑固だからな。ああいう時は、メイリンを怒鳴らないと、わかんないだろうから、わざとやったんだ。だから、メイリンは悪くない。すまないな、気分悪くさせちまった。」
「はい? 」
「自分が意固地になったら、スタッフにも迷惑かかるんだって教えたかっただけなんだ。護衛のみなさんもすいません。俺、本当は、みなさんに怒ってなんかいませんので。」
部屋に待機している護衛陣にも声をかけて頭を下げた。おかんとしてのスタンスだと、そういう怒鳴り方になってしまったのだと説明する。うちの子に無茶させるな、という形だと、どうしてもスタッフを罵るなんてことになる。実際、メイリンたち歌姫様のスタッフも護衛陣も、心を砕いてくれている者たちばかりで、歌姫様に無理を押し付けていることはない。そんなものは、ニールだって承知のことだ。だが、おかんとしてなら、ああいう物言いになるし怒鳴ったほうが緊迫感もあるから、過剰演出にしたまでのことだ。
「うふふふ・・・さすが子持ちは上手いもんだね。ラクス様が大人しく休んでくださるように運んでくれた。ありがとうよ、ママ。」
みな、それについては納得しているから、ヒルダがニールの肩を軽く叩く。イザークたちは、ヒルダがニールの確保に出かけた段階でラボの応援で出向いたので留守だが、すでに連絡はした。イザークにしてみたら、ニールなら止められると確信していたから、連絡への返信も素っ気無いものだった。ニールには、イザークたちはプラントへ里帰りしたことになっている。ちなみに、ニールの体内にはマイクロチップが埋め込まれているので、どこに居ようと探せるようになっている。
「けど、今、俺、目の前揺れてますよ、ヒルダさん。全力で怒鳴るって効きますね?」
急激な動作は禁止されているニールは、力一杯に怒鳴る演技だけでも疲れるらしい。やれやれと、床に座り込む。
「ヘルベルト、水。マーズ、ドクター呼んどくれ。」
ヒルダは、そのまんまニールを担いでソファへ運ぶ。とりあえず、身体を落ち着かせないとならないので、横にした。ドクターも、すぐに駆けつけてきたが、軽い貧血だからと横になっているように指示しただけだ。さすがに今回は、お叱りもなかった。事が事だけに、最善の方策だったからだ。
「助かったよ、ニールくん。」
「いえ、お役に立つことがあって何よりでした。ラクスは過労ですか? 」
「まあ、そんなとこだろう。軽い風邪もひいているので、きみにも予防注射だけはしておこう。」
看病することになると、免疫力の下がっているニールは、もれなく風邪がプレゼントされてしまう。軽くそちらを済ませるためには、その処方だけはしておくか、と、ドクターかクスリを取りに医務室へ出て行く。
ほれ、水分補給だ、と、ヘルベルトがペットボトルを手渡す。すいません、と、ニールも、それを口に含む。
「大丈夫か? 」
「ちょっと横になれば治まります。」
「ほんと助かったぜ、ママ。」
「まったくだ。イザークが論破されちまった時は、どうしようかと思った。」
「一人で外出させるわけにはいかないし・・・大丈夫ですっておっしゃるし・・・手の施しようがなくてなあ。」
ソファの横に、ヘルベルトとマーズも座り込み、やでやでと息を吐く。どう言い募っても、歌姫様は休んでくれなかった。
「ラクス様のおっしゃることが、いちいちもっともでね。・・・だから、あんたを呼び出したんだ。理論も義務も通用しないあんたなら、どうにかしてくれると思った。」
ヒルダは、ソファではなく卓に腰掛けた。強い口調で諫めても、暖簾に腕押し状態で、いっそ監禁しようか、と、ヒルダも考えたほどだ。それができなくて、イザークの提案に飛びついた。
「あははは・・・表看板を一人で背負ってるから、ラクスも踏ん張っているんでしょうけどね。・・・すいません。」
どうにかしようとしてくれた護衛陣に礼を言うニールは、完全にラクスのおかんの気分だ。だから、ヒルダも、「これが仕事さね。」 と、返事する。ドクターが戻ってきて、予防注射をぶちゅっと一発、ニールに叩き込むと、今度はラクスの診察に移動して行く。
そこへメイリンがやってきた。キャンセルは終ったので、こちらも仕事が終って一息ついたらしい。
「メイリン、あんたは帰らないのかい? 」
「今日は、このまま泊まります。ニールさん、ありがとうございました。・・・少し、あたしもラクス様の体調管理を気をつけるようにします。」
「そうしてやってくれ。もし言うこと聞きやがらなかったら、俺に連絡してくれ。叱るから。」
ヒラヒラとニールは手を振っている。私のママなんです、と、ラクス様はおっしゃったが、愛称みたいなものなんだろうと思っていたメイリンは、本当に親みたいな叱責に、ちょっと驚いた。メイリンにとって、ラクス様は女神みたいなものだ。普段から、けっして崩れないし歪まない。正しいことをしていると思っていて、体調管理なんてものに目が届かなかった。それが、どんどん顔色は悪くなってくるし、それでも気丈に仕事をこなすから、メイリンのほうも途方に暮れていた。女神様に逆らうなんて思いもしなかったからだ。そこへ、ママニールが飛び込んできて、怒鳴り散らしてくれたら、ラクス様は大人しくダウンしてくれた。その一部始終を見ていて、ラクス様だって人間なんだな、と、考えは改めることにした。人間だから無理してしまうこともあるし、仕事第一で他に目を向けられないことだってあるのだ。そこは秘書としてメイリンが補佐すべきところだ。
「具合がお悪いんですか? 」
「いや、どっか俺の身体、壊れててな。激しい動作すると、こうなるんだ。」
日常生活に支障はないよ、と、ニールは微笑んでいる。メイリンは、あまりニールと接触しないから、そういうことも知らなかった。具合が悪いと本宅で静養しているのは知っていたが、怒鳴るぐらいでこうなるのは驚きだ。
「こいつのは自業自得だ、メイリン。気にするな。」
「おまえの無茶は酷かったよな? ママ。」
「もう苛めないでくださいよ、ヘルベルトさん、マーズさん。・・・・ここんところは具合がいいんです。漢方薬が効いてるみたいですよ。」
「眉唾もんかと思ってたが、確かに具合は良さそうだな。」
「そりゃ、あの漢方薬は特別さ。あんたの亭主が、わざわざ本山から貰ってきたんだから。」
作品名:こらぼでほすと 拉致5 作家名:篠義