こらぼでほすと 拉致5
具合はいいが、急激な動作や激しい運動なんてものは、以前と同じで貧血を引き起こす。そこいらは治るものではないらしい。
「フェルトちゃんが来るまで、まだ時間があるから、あんたもラクス様の横で寝てるといい。」
「それ、看病じゃないですよ? ヒルダさん。」
「傍にさえ居てくれればいいんだから、なんでもいいのさ。」
「まあ、そうですけど。・・・・フェルトの部屋ってお願いできますか? 」
「それは大丈夫だ。元々、おまえとフェルトちゃんは、ここへ拉致する予定だったから準備もしてある。」
「はあ? 拉致? 」
ニールにしてみたら、お里で年越しの予定だったから、桃色子猫のものも用意していたのだ。寝耳に水とは、こういうことを言う。予定では二日から本宅に顔を出すことになっていた。
「ママ、今年の年明けにラクス様から予約されてたんだろ? 」
「したかなあ。・・・・覚えが無い。」
「ラクス様は、ちゃんと予約したっておっしゃってた。トダカさんにも、そう説明して、今年は本宅へ拉致することになってたのさ。」
「予定が狂って、こういうことになったが、だから、桃色子猫の衣装も用意してたはずだ。そうだろ? メイリン。」
「はい、フェルトさんのお部屋に衣装は用意してあります。ニールさんのも。」
可愛いお友達とお正月を過ごしますの、と、歌姫様は楽しそうにカタログをチェックして衣装も用意させていた。メイリンは、年が明けたら、プラントに帰省するつもりだったから、顔を合わせる予定ではなかったが、手配したのはメイリンだ。
「すっごく可愛くてうっとりなんです。」
「・・・もう、あいつはぁ・・・なんで素直に年越ししたいって言わないんだよ。一々、拉致とかありえないだろう。」
「まあまあ、ラクス様は、あんたの驚く顔が見たかっただけさ。そこいらは勘弁してやってくれないかい? 」
忙しいスケジュールの合間の息抜きになっていたし、スケジュールを消化すれば、楽しいイベントが待っているのだ、と、歌姫様は、それを励みにして働いていたのだ。だから、そこは叱らないで欲しい、と、ヒルダが取り成す。
「いいえ、こういうことは、きっちり注意しておきます。俺にサプライズとかいらねぇーっての。それなら寺へ帰ってくればいいのに。」
「寺より、本宅のほうが落ち着くんだから、おまえが遠征してやれ。」
「そうだぜ、ママ。三蔵さんとトダカさんは、毎日のように顔を合わせられるんだから、こういう長期で休める時ぐらい、こっちを優先してやってくれよ。」
「そうだよ、ママ。お里が遠征してきたっていいだろ? だいたい、あんたは亭主に尽くしすぎなんだよ。たまには娘を優先しな。」
ジェットストリームな護衛陣に捲くし立てられると、ニールも反論が難しい。世界を飛び回っているラクスの長期休暇なんてものは貴重なのだ。娘のほうへお里が遠征してくるのも、さもありなんだとは思う。
診察を受けて、新たにクスリを投与されて歌姫様は、すやすやとお休みだった。さすがに疲れがどっと出たのか、ぐっすり前後不覚に眠った。目が覚めた時には、窓の外は暗かった。予定は完全にキャンセルになってしまった、と、ベッドの横のほうに視線を動かしたら、ベッドに凭れこむようにして親猫が寝ていた。看病用の椅子に座ったまま窮屈そうにしている。それを目にして、ラクスは嬉しそうに微笑む。ずっとついててやるから、と、親猫は言っていたが、本当にその通りにしてくれたらしい。誰かが気付いてかけてくれたらしい毛布に埋もれている姿に、そっと手を伸ばす。
「・・・ママ・・・ママ・・・・」
それでは身体が辛いだろうと、ラクスが無造作に置かれた手を叩いた。すると、あやや・・・と声がして、孔雀色の瞳が開いた。
「・・・しまった。寝ちまってた。・・・どうした? 水か? 腹が減ったか? 」
もっそりと起き上がって、まずはラクスのほうに声をかける。その拍子に毛布がどさりと落ちたが、そんなものは無視だ。
「・・・となりが空いております。」
「ん? 」
「そんなところで寝ていては身体に悪いですよ、ママ? 」
「ああ、ちょっとうとうとしていただけだ。熱は下がったみたいだが、どこか痛いとことかないか? 」
いや、うとうとではないだろう。毛布に埋もれていたということは、それをかけてくれたことにも反応しなかったということだ。まったくもう、と、ラクスも苦笑する。本当に自分のママは外面がいい。
「よく寝たので・・・身体は楽になりました。・・・ママ、横になってくださいな?」
「俺はいいよ。それより、なんか腹に入れないか? 」
夕方に寝入ってしまったし、今日はほとんど何も口にしていないとヒルダからも聞いていたニールとしては食事させたい。
「何時ですか? 」
「時間か? えーっと・・」
携帯端末を取り出して、ニールが確認すると、すでに十一時を廻っている。六時間は眠ったらしい。眠る前より身体は楽になっている。
「ママ、お食事は? 」
「まだだ。おまえさんが起きたら、と思ってた。」
「では、一緒に召し上がってください。」
「おう、そうしよう。その前に着替えさせてもらえ。また汗をかいてるからな。」
サイドテーブルにある電話で内線をかける。ぼんやりと、それを眺めていたら看護士たちが入ってきた。
「すいません、お願いします。」
ニールは、それを確認すると落ちていた毛布を持ち上げて扉の向うに消えた。あれから、ずっとニールが付き添いをしてくれていた、と、看護士から聞いて、やはりそうですか、と、歌姫様も微笑む。
さて、空港ではトダカとアマギがアライバルゲートの前で待っていた。もちろん、トダカーズラブの面々も、あっちこっちに散らばる形で待機している。出迎えて送るだけだから、と、トダカは同行しなくていいと言ったのだが、そんなものは丸っと無視だ。可愛がっているフェルトを出迎えるトダカの嬉しそうな表情なんてものは、トダカーズラブにしてみれはレアな場面だから見逃すなんて勿体無い、なんてことになる。フェルトを送ったら、そのまま初詣に向かい、さらに年明け宴会に突入しましょう、と、アマギが提案して、全員で出張ってきた。
ゆっくりと小さなカートを引いて桃色子猫がゲートを抜けて来た。きょろきょろと辺りを見回しているので、トダカが近寄る。
「フェルトちゃん。」
声をかけたら、ようやくトダカだとフェルトも気付いた。しかし、肝心の親猫の姿が見えなくて、顔色が変る。
「ニールは? 」
「ラクス様が体調を崩されてね。看病していて来れなかったんだ。今から、本宅へ送るから大丈夫だよ。すまないね、出迎えが、こんなじいさんとおじさんで。」
ニールの具合が悪いのではないというのと、ラクスが具合が悪いというところが、フェルトには微妙な気分だが、トダカの出迎えは有り難いとは思う。アマギが背後から荷物を取り出してトダカに手渡す。真っ赤な毛糸のコートで襟元に灰色のフェイクファーがついているものだ。
「寒いから、これを着て。それから、マフラーはニールからだ。」
「コートは? 」
作品名:こらぼでほすと 拉致5 作家名:篠義